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行人・夏目漱石

11

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六

実際その頃の大阪は暑かった。ことに我々の泊っている宿屋は暑かった。庭が狭いのと塀へいが高いので、日の射し込む余地もなかったが、その代り風の通る隙間すきまにも乏しかった。ある時は湿しめっぽい茶座敷の中で、四方から焚火たきびに焙あぶられているような苦しさがあった。自分は夜通よどおし扇風器をかけてぶうぶう鳴らしたため、馬鹿な真似をして風邪かぜでもひいたらどうすると云って母から叱られた事さえあった。大阪を立とうという兄の意見に賛成した自分は、有馬ありまなら涼しくって兄の頭によかろうと思った。自分はこの有名な温泉をまだ知らなかった。車夫が梶棒かじぼうへ綱を付けて、その綱の先をまた犬に付けて坂路を上のぼるのだそうだが、暑いので犬がともすると渓河たにがわの清水しみずを飲もうとするのを、車夫が怒いかって竹の棒でむやみに打擲うちたたくから、犬がひんひん苦しがりながら俥くるまを引くんだという話を、かつて聞いたまましゃべった。「厭いやだねそんな俥に乗るのは、可哀想かわいそうで」と母が眉まゆをひそめた。「なぜまた水を飲ませないんだろう。俥が遅れるからかね」と兄が聞いた。「途中で水を飲むと疲れて役に立たないからだそうです」と自分が答えた。「へえー、なぜ」と今度は嫂あによめが不思議そうに聞いたが、それには自分も答える事ができなかった。有馬行ありまゆきは犬のせいでもなかったろうけれども、とうとう立消たちぎえになった。そうして意外にも和歌わかの浦うら見物が兄の口から発議ほつぎされた。これは自分もかねてから見たいと思っていた名所であった。母も子供の時からその名に親しみがあるとかで、すぐ同意した。嫂だけはどこでも構わないという風に見えた。兄は学者であった。また見識家けんしきかであった。その上詩人らしい純粋な気質を持って生れた好い男であった。けれども長男だけにどこかわがままなところを具えていた。自分から云うと、普通の長男よりは、だいぶ甘やかされて育ったとしか見えなかった。自分ばかりではない、母や嫂に対しても、機嫌きげんの好い時は馬鹿に好いが、いったん旋毛つむじが曲り出すと、幾日いくかでも苦い顔をして、わざと口を利きかずにいた。それで他人の前へ出ると、また全く人間が変ったように、たいていな事があっても滅多めったに紳士の態度を崩くずさない、円満な好侶伴こうりょはんであった。だから彼の朋友はことごとく彼を穏おだやかな好い人物だと信じていた。父や母はその評判を聞くたびに案外な顔をした。けれどもやっぱり自分の子だと見えて、どこか嬉うれしそうな様子が見えた。兄と衝突している時にこんな評判でも耳に入ろうものなら、自分はむやみに腹が立った。一々その人の宅うちまで出かけて行って、彼らの誤解を訂正してやりたいような気さえ起った。和歌の浦行に母がすぐ賛成したのも、実は彼女が兄の気性きしょうをよく呑み込んでいるからだろうと自分は思った。母は長い間わが子の我がを助けて育てるようにした結果として、今では何事によらずその我がの前に跪ひざまずく運命を甘んじなければならない位地いちにあった。自分は便所に立った時、手水鉢ちょうずばちの傍そばにぼんやり立っていた嫂あによめを見付めっけて、「姉さんどうです近頃は。兄さんの機嫌きげんは好い方なんですか悪い方なんですか」と聞いた。嫂は「相変らずですわ」とただ一口答えただけであった。嫂はそれでも淋さみしい頬に片靨かたえくぼを寄せて見せた。彼女は淋しい色沢いろつやの頬をもっていた。それからその真中に淋しい片靨をもっていた。

七

自分は立つ前に岡田に借りた金の片かたをつけて行きたかった。もっとも彼に話をしさえすれば、東京へ帰ってからでも構わないとは思ったけれども、ああいう人の金はなるべく早く返しておいた方が、こっちの心持がいいという考えがあった。それで誰も傍そばにいない折を見計らって、母にどうかしてくれと頼んだ。母は兄を大事にするだけあって、無論彼を心しんから愛していた。けれども長男という訳か、また気むずかしいというせいか、どこかに遠慮があるらしかった。ちょっとの事を注意するにしても、なるべく気に障さわらないように、始めから気を置いてかかった。そこへ行くと自分はまるで子供同様の待遇を母から受けていた。「二郎そんな法があるのかい」などと頭ごなしにやっつけられた。その代りまた兄以上に可愛かわいがられもした。小遣こづかいなどは兄にないしょでよく貰った覚おぼえがある。父の着物などもいつの間にか自分のに仕立直してある事は珍らしくなかった。こういう母の仕打が、例の兄にはまたすこぶる気に入らなかった。些細ささいな事から兄はよく機嫌きげんを悪くした。そうして明るい家の中うちに陰気な空気を漲みなぎらした。母は眉まゆをひそめて、「また一郎の病気が始まったよ」と自分に時々私語ささやいた。自分は母から腹心の郎党として取扱われるのが嬉しさに、「癖なんだから、放ほうっておおきなさい」ぐらい云って澄ましていた時代もあった。兄の性質が気むずかしいばかりでなく、大小となく影でこそこそ何かやられるのを忌いむ正義の念から出るのだという事を後あとから知って以来、自分は彼に対してこんな軽薄な批評を加えるのを恥はずるようになった。けれども表向おもてむき兄の承諾を求めると、とうてい行われにくい用件が多いので、自分はつい機会おりを見ては母の懐ふところに一人抱だかれようとした。母は自分が三沢のために岡田から金を借りた顛末てんまつを聞いて驚いた顔をした。「そんな女のためにお金を使う訳がないじゃないか、三沢さんだって。馬鹿らしい」と云った。「だけど、そこには三沢も義理があるんだから」と自分は弁解した。「義理義理って、御母さんには解らないよ、お前のいう事は。気の毒なら、手ぶらで見舞に行くだけの事じゃないか。もし手ぶらできまりが悪ければ、菓子折の一つも持って行きゃあたくさんだね」自分はしばらく黙っていた。「よし三沢さんにそれだけの義理があったにしたところでさ。何もお前が岡田なんぞからそれを借りて上げるだけの義理はなかろうじゃないか」「じゃよござんす」と自分は答えた。そうして立って下へ行こうとした。兄は湯に入っていた。嫂あによめは小さい下の座敷を借りて髪を結わしていた。座敷には母よりほかにいなかった。「まあお待ちよ」と母が呼び留めた。「何も出して上げないと云ってやしないじゃないか」母の言葉には兄一人でさえたくさんなところへ、何の必要があって、自分までこの年寄を苛いじめるかと云わぬばかりの心細さが籠こもっていた。自分は母のいう通り元の席に着いたが、気の毒でちょっと顔を上げ得なかった。そうしてこの無恰好ぶかっこうな態度で、さも子供らしく母から要いるだけの金子きんすを受取った。母が一段声を落して、いつものように、「兄さんにはないしょだよ」と云った時、自分は不意に名状しがたい不愉快に襲われた。

八

自分達はその翌日の朝和歌山へ向けて立つはずになっていた。どうせいったんはここへ引返して来なければならないのだから、岡田の金もその時で好いとは思ったが、性急せっかちの自分には紙入をそのまま懐中しているからがすでに厭いやだった。岡田はその晩も例の通り宿屋へ話に来るだろうと想像された。だからその折にそっと返しておこうと自分は腹の中うちできめた。兄が湯から上って来た。帯も締しめずに、浴衣ゆかたを羽織るようにひっかけたままずっと欄干らんかんの所まで行ってそこへ濡手拭ぬれてぬぐいを懸けた。「お待遠」「お母さん、どうです」と自分は母を促うながした。「まあお這入はいりよ、お前から」と云った母は、兄の首や胸の所を眺ながめて、「大変好い血色におなりだね。それに少し肉が付いたようじゃないか」と賞ほめていた。兄は性来しょうらいの痩やせっぽちであった。宅うちではそれをみんな神経のせいにして、もう少し肥ふとらなくっちゃ駄目だめだと云い合っていた。その内でも母は最も気を揉もんだ。当人自身も痩せているのを何かの刑罰のように忌いみ恐れた。それでもちっとも肥れなかった。自分は母の言葉を聞きながら、この苦しい愛嬌あいきょうを、慰藉いしゃの一つとしてわが子の前に捧げなければならない彼女の心事を気の毒に思った。兄に比べると遥はるかに頑丈がんじょうな体躯からだを起しながら、「じゃ御先へ」と母に挨拶あいさつして下へ降りた。風呂場の隣の小さい座敷をちょいと覗のぞくと、嫂は今髷まげができたところで、合せ鏡をして鬢びんだの髱たぼだのを撫なでていた。「もう済んだんですか」「ええ。どこへいらっしゃるの」「御湯へ這入ろうと思って。お先へ失礼してもよござんすか」「さあどうぞ」自分は湯に入いりながら、嫂が今日に限ってなんでまた丸髷まるまげなんて仰山ぎょうさんな頭に結ゆうのだろうと思った。大きな声を出して、「姉さん、姉さん」と湯壺ゆつぼの中から呼んで見た。「なによ」という返事が廊下の出口で聞こえた。「御苦労さま、この暑いのに」と自分が云った。「なぜ」「なぜって、兄さんの御好おこのみなんですか、そのでこでこ頭は」「知らないわ」嫂あによめの廊下伝いに梯子段はしごだんを上のぼる草履ぞうりの音がはっきり聞こえた。廊下の前は中庭で八つ手の株が見えた。自分はその暗い庭を前に眺ながめて、番頭に背中を流して貰もらっていた。すると入口の方から縁側えんがわを沿って、また活溌かっぱつな足音が聞こえた。そうして詰襟つめえりの白い洋服を着た岡田が自分の前を通った。自分は思わず、「おい君、君」と呼んだ。「や、今お湯、暗いんでちっとも気がつかなかった」と岡田は一足ひとあし後戻りして風呂を覗のぞき込みながら挨拶あいさつをした。「あなたに話がある」と自分は突然云った。「話が?何です」「まあ、お入はいんなさい」岡田は冗談じょうだんじゃないと云う顔をした。「お兼は来ませんか」自分が「いいえ」と答えると、今度は「皆さんは」と聞いた。自分がまた「みんないますよ」というと、不思議そうに「じゃ今日はどこへも行かなかったんですか」と聞いた。「行ってもう帰って来たんです」「実は僕も今会社から帰りがけですがね。どうも暑いじゃあありませんか。――とにかくちょっと伺候しこうして来ますから。失礼」岡田はこう云い捨てたなり、とうとう自分の用事を聞かずに二階へ上あがって行ってしまった。自分もしばらくして風呂から出た。

九

岡田はその夜よだいぶ酒を呑んだ。彼は是非都合して和歌の浦までいっしょに行くつもりでいたが、あいにく同僚が病気で欠勤しているので、予期の通りにならないのがはなはだ残念だと云ってしきりに母や兄に詫わびていた。「じゃ今夜が御別れだから、少し御過おすごしなさい」と母が勧めた。あいにく自分の家族は酒に親しみの薄いものばかりで、誰も彼の相手にはなれなかった。それで皆みんな御免蒙ごめんこうむって岡田より先へ食事を済ました。岡田はそれがこっちも勝手だといった風に、独ひとり膳ぜんを控えて盃さかずきを甜なめ続けた。彼は性来しょうらい元気な男であった。その上酒を呑むとますます陽気になる好い癖を持っていた。そうして相手が聞こうが聞くまいが、頓着とんじゃくなしに好きな事を喋舌しゃべって、時々一人高笑いをした。彼は大阪の富が過去二十年間にどのくらい殖ふえて、これから十年立つとまたその富が今の何十倍になるというような統計を挙あげておおいに満足らしく見えた。「大阪の富より君自身の富はどうだい」と兄が皮肉を云ったとき、岡田は禿はげかかった頭へ手を載のせて笑い出した。「しかし僕の今日こんにちあるも――というと、偉過えらすぎるが、まあどうかこうかやって行けるのも、全く叔父おじさんと叔母さんのお蔭かげです。僕はいくらこうして酒を呑のんで太平楽たいへいらくを並べていたって、それだけはけっして忘れやしません」岡田はこんな事を云って、傍そばにいる母と遠くにいる父に感謝の意を表した。彼は酔うと同じ言葉を何遍も繰返す癖のある男だったが、ことにこの感謝の意は少しずつ違った形式で、幾度いくたびか彼の口から洩もれた。しまいに彼は灘万なだまんのまな鰹がつおとか何とかいうものを、是非父に喰わせたいと云い募つのった。自分は彼がもと書生であった頃、ある正月の宵よいどこかで振舞酒ふるまいざけを浴びて帰って来て、父の前へ長さ三寸ばかりの赤い蟹かにの足を置きながら平伏して、謹つつしんで北海の珍味を献上しますと云ったら、父は「何だそんな朱塗しゅぬりの文鎮ぶんちん見たいなもの。要いらないから早くそっちへ持って行け」と怒った昔を思い出した。岡田はいつまでも飲んで帰らなかった。始めは興きょうを添えた彼の座談もだんだん皆みんなに飽きられて来た。嫂あによめは団扇うちわを顔へ当てて欠あくびを隠した。自分はとうとう彼を外へ連出さなければならなかった。自分は散歩にかこつけて五六町彼といっしょに歩いた。そうして懐ふところから例の金を出して彼に返した。金を受取った時の彼は、酔っているにもかかわらず驚ろくべくたしかなものであった。「今でなくってもいいのに。しかしお兼が喜びますよ。ありがとう」と云って、洋服の内隠袋うちがくしへ収めた。通りは静であった。自分はわれ知らず空を仰いだ。空には星の光が存外ぞんがい濁っていた。自分は心の内に明日あすの天気を気遣きづかった。すると岡田が藪やぶから棒に「一郎さんは実際むずかしやでしたね」と云い出した。そうして昔むかし兄と自分と将棋しょうぎを指した時、自分が何か一口ひとくち云ったのを癪しゃくに、いきなり将棋の駒を自分の額へぶつけた騒ぎを、新しく自分の記憶から呼び覚さました。「あの時分からわがままだったからね、どうも。しかしこの頃はだいぶ機嫌きげんが好いようじゃありませんか」と彼がまた云った。自分は煮え切らない生なま返事をしておいた。「もっとも奥さんができてから、もうよっぽどになりますからね。しかし奥さんの方でもずいぶん気骨きぼねが折れるでしょう。あれじゃ」自分はそれでも何の答もしなかった。ある四角よつかどへ来て彼と別れるときただ「お兼さんによろしく」と云ったまままた元の路へ引き返した。

十

翌日よくじつ朝の汽車で立った自分達は狭い列車のなかの食堂で昼飯ひるめしを食った。「給仕がみんな女だから面白い。しかもなかなか別嬪べっぴんがいますぜ、白いエプロンを掛けてね。是非中で昼飯をやって御覧なさい」と岡田が自分に注意したから、自分は皿を運んだりサイダーを注ついだりする女をよく心づけて見た。しかし別にこれというほどの器量をもったものもいなかった。母と嫂あによめは物珍らしそうに窓の外を眺ながめて、田舎いなかめいた景色を賞し合った。実際窓外そうがいの眺めは大阪を今離れたばかりの自分達には一つの変化であった。ことに汽車が海岸近くを走るときは、松の緑と海の藍あいとで、煙に疲れた眼に爽さわやかな青色を射返いかえした。木蔭こかげから出たり隠れたりする屋根瓦の積み方も東京地方のものには珍らしかった。「あれは妙だね。御寺かと思うと、そうでもないし。二郎、やっぱり百姓家なのかね」と母がわざわざ指をさして、比較的大きな屋根を自分に示した。自分は汽車の中で兄と隣り合せに坐った。兄は何か考え込んでいた。自分は心の内でまた例のが始まったのじゃないかと思った。少し話でもして機嫌きげんを直そうか、それとも黙って知らん顔をしていようかと躊躇ちゅうちょした。兄は何か癪しゃくに障さわった時でも、むずかしい高尚な問題を考えている時でも同じくこんな様子をするから、自分にはいっこう見分がつかなかった。自分はしまいにとうとう思い切ってこっちから何か話を切り出そうとした。と云うのは、向側むこうがわに腰をかけている母が、嫂と応対の相間あいま相間に、兄の顔を偸ぬすむように一二度見たからである。「兄さん、面白い話がありますがね」と自分は兄の方を見た。「何だ」と兄が云った。兄の調子は自分の予期した通り無愛想ぶあいそうであった。しかしそれは覚悟の前であった。「ついこの間三沢から聞いたばかりの話ですがね。」自分は例の精神病の娘さんがいったん嫁とついだあと不縁になって、三沢の宅うちへ引き取られた時、三沢の出る後あとを慕したって、早く帰って来てちょうだいと、いつでも云い習わした話をしようと思ってちょっとそこで句を切った。すると兄は急に気乗りのしたような顔をして、「その話ならおれも聞いて知っている。三沢がその女の死んだとき、冷たい額へ接吻せっぷんしたという話だろう」と云った。自分は喫驚びっくりした。「そんな事があるんですか。三沢は接吻の事については一口も云いませんでしたがね。皆みんないる前でですか、三沢が接吻したって云うのは」「それは知らない。皆みんなの前でやったのか。またはほかに人のいない時にやったのか」「だって三沢がたった一人でその娘さんの死骸しがいの傍そばにいるはずがないと思いますがね。もし誰もそばにいない時接吻せっぷんしたとすると」「だから知らんと断ってるじゃないか」自分は黙って考え込んだ。「いったい兄さんはどうして、そんな話を知ってるんです」「Hから聞いた」Hとは兄の同僚で、三沢を教えた男であった。そのHは三沢の保証人だったから、少しは関係の深い間柄あいだがらなんだろうけれども、どうしてこんな際きわどい話を聞き込んで、兄に伝えたものだろうか、それは彼も知らなかった。「兄さんはなぜまた今日までその話を為しずに黙っていたんです」と自分は最後に兄に聞いた。兄は苦にがい顔をして、「する必要がないからさ」と答えた。自分は様子によったらもっと肉薄して見ようかと思っているうちに汽車が着いた。

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