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行人・夏目漱石

19

朗読者: VOICEVOX Nemo / ノーマル選択中朗読を再生できる

帰ってから

自分は兄夫婦の仲がどうなる事かと思って和歌山から帰って来た。自分の予想ははたしてはずれなかった。自分は自然の暴風雨あらしついで、兄の頭に一種の旋風が起る徴候を十分認めて彼の前を引き下った。けれどもその徴候はあによめが行って十分か十五分話しているうちに、ほとんど警戒を要しないほど穏かになった。自分は心のうちでこの変化に驚いた。針鼠はりねずみのようにとがってるあの兄を、わずかの間に丸め込んだ嫂の手腕にはなおさら敬服した。自分はようやく安心したような顔を、晴々と輝かせた母を見るだけでも満足であった。兄の機嫌きげんは和歌の浦を立つ時も変らなかった。汽車の内でも同じ事であった。大阪へ来てもなお続いていた。彼は見送りに出た岡田夫婦をつらまえて戯談じょうだんさえ云った。「岡田君おしげに何か言伝ことづてはないかね」岡田は要領を得ない顔をして、「お重さんにだけですか」と聞き返していた。「そうさ君の仇敵きゅうてきのお重にさ」兄がこう答えた時、岡田はやっと気のついたという風に笑い出した。同じ意味でなぞの解けたおかねさんも笑い出した。母の予言通り見送りに来ていた佐野も、ようやく笑う機会が来たように、はばかりなく口を開いて周囲の人を驚かした。自分はその時まであによめにどうして兄の機嫌きげんを直したかを聞いて見なかった。その後もついぞ聞く機会をもたなかった。けれどもこういう霊妙な手腕をもっている彼女であればこそ、あの兄に対して始終しじゅうああたかくくっていられるのだと思った。そうしてその手腕を彼女はわざと出したり引込ましたりする、単に時と場合ばかりでなく、全く己れの気まま次第で出したり引込ましたりするのではあるまいかと疑ぐった。汽車は例のごとく込み合っていた。自分達は仕切りの付いている寝台しんだいをやっとの思いで四つ買った。四つで一室になっているので都合は大変好かった。兄と自分は体力の優秀な男子と云う訳で、婦人がた二人に、下のベッドをあてがって、上へ寝た。自分の下には嫂が横になっていた。自分は暗い中を走る汽車の響のうちに自分の下にいる嫂をどうしても忘れる事ができなかった。彼女の事を考えると愉快であった。同時に不愉快であった。何だか柔かい青大将あおだいしょう身体からだからまれるような心持もした。兄は谷一つ隔てて向うに寝ていた。これは身体が寝ているよりも本当に精神が寝ているように思われた。そうしてその寝ている精神を、ぐにゃぐにゃした例の青大将が筋違すじかいに頭から足の先まで巻き詰めているごとく感じた。自分の想像にはその青大将が時々熱くなったり冷たくなったりした。それからその巻きようがゆるくなったり、きつくなったりした。兄の顔色は青大将の熱度の変ずるたびに、それからその絡みつく強さの変ずるたびに、変った。自分は自分の寝台ねだいの上で、なかばは想像のごとく半は夢のごとくにこの青大将と嫂とを連想してやまなかった。自分はこの詩に似たようなねむりが、駅夫の呼ぶ名古屋名古屋と云う声で、急に破られたのを今でも記憶している。その時汽車の音がはたりととまると同時に、さあという雨の音が聞こえた。自分は靴足袋くつたびの裏に湿気しめりけを感じて起き上ると、足の方に当る窓が塵除ちりよけしゃで張ってあった。自分はいそいで窓をて換えた。ほかの人のはどうかと思って、聞いて見たが、答がなかった。ただ嫂だけが雨が降り込むようだというので、やむをえず上から飛び下りてまた窓を閉て換えてやった。

「雨のようね」と嫂が聞いた。「ええ」自分はなかば風に吹き寄せられた厚い窓掛の、じとじとに湿しめったのを片方へがらりと引いた。途端とたんに母の寝返りを打つ音が聞こえた。「二郎、ここはどこだい」「名古屋です」自分は吹き込むしゃの窓を通して、ほとんど人影の射さない停車場ステーションの光景を、雨のうちに眺めた。名古屋名古屋と呼ぶ声がまだ遠くの方で聞こえた。それからこつりこつりという足音がたった一人で活きて来るように響いた。「二郎ついでにわたしの足の方もめておくれな」「御母さんの所も硝子ガラスっていないんですか。先刻さっき呼んだらよく寝ていらっしゃるようでしたから……」自分はあによめの方を片づけて、すぐ母の方に行った。厚い窓掛を片寄せて、手探てさぐりに探って見ると、案外にも立派に硝子戸ガラスどまっていた。「御母さんこっちは雨なんか這入はいりゃしませんよ。大丈夫です、この通りだから」自分はこう云いながら、母の足の方に当る硝子を、とんとんと手でたたいて見せた。「おや雨は這入らないのかい」「這入るものですか」母は微笑した。「いつごろから雨が降り出したか御母さんはちっとも知らなかったよ」母はさも愛想あいそらしくまた弁疏いいわけらしく口をいて、「二郎、御苦労だったね、早く御休み。もうよっぽど遅いんだろう」と云った。時計は十二時過であった。自分はまたそっと上の寝台に登った。車室は元の通り静かになった。嫂は母が口を利き出してから、何も云わなくなった。母は自分が自分の寝台にのぼってから、また何も云わなくなった。ただ兄だけは始めからしまいまで一言ひとことも物を云わなかった。彼は聖者しょうじゃのごとくただすやすやと眠っていた。この眠方ねむりかたが自分には今でも不審の一つになっている。彼は自分で時々公言するごとく多少の神経衰弱に陥っていた。そうして時々じじ不眠のために苦しめられた。また正直にそれを家族の誰彼に訴えた。けれども眠くて困ると云った事はいまだかつてなかった。富士が見え出して雨上りの雲が列車にさからって飛ぶ景色を、みんなが起きて珍らしそうに眺める時すら、彼は前後に関係なく心持よさそうに寝ていた。食堂がいて乗客の多数が朝飯あさめしを済ましたのち自分は母を連れて昨夜以来の空腹をたすべく細い廊下を伝わって後部の方へ行った。その時母は嫂に向って、「もう好い加減に一郎を起して、いっしょにあっちへ御出おいで。妾達わたしたちむこうへ行って待っているから」と云った。嫂はいつもの通りさむしい笑い方をして、「ええじき御後おあとから参ります」と答えた。自分達は室内の掃除に取りかかろうとする給仕ボイあとにして食堂へ這入はいった。食堂はまだだいぶ込んでいた。出たり這入ったりするものが絶えず狭い通り路をざわつかせた。自分が母に紅茶と果物を勧めている時分に、兄と嫂の姿がようやく入口に現れた。不幸にして彼らの席は自分達のそばに見出せるほど、食卓はいていなかった。彼らは入口の所に差し向いで座を占めた。そうして普通の夫婦のように笑いながら話したり、窓の外を眺めたりした。自分を相手に茶をすすっていた母は、時々その様子を満足らしく見た。自分達はかくして東京へ帰ったのである。

繰返していうが、我々はこうして東京へ帰ったのである。東京の宅は平生の通り別にこれと云って変った様子もなかった。さださんはたすきを掛けて別条なく働いていた。彼女が手拭てぬぐいかぶって洗濯をしている後姿を見て、一段落置いた昔のお貞さんを思いだしたのは、帰って二日目の朝であった。芳江よしえというのは兄夫婦の間にできた一人っ子であった。留守るすのうちはおしげが引受けて万事世話をしていた。芳江は元来母やあによめついていたが、いざとなると、お重だけでも不自由を感じないほど世話の焼けない子であった。自分はそれを嫂の気性きしょうを受けて生れたためか、そうでなければお重の愛嬌あいきょうのあるためだと解釈していた。「お重お前のようなものがよくあの芳江を預かる事ができるね。さすがにやっぱり女だなあ」と父が云ったら、お重はふくれた顔をして、「御父さんもずいぶんなかたね」と母にわざわざ訴えに来た話を、汽車の中で聞いた。自分は帰ってから一両日して、彼女に、「お重お前を御父さんがやっぱり女だなとおっしゃったって怒ってるそうだね」と聞いた。彼女は「怒ったわ」と答えたなり、父の書斎の花瓶はないけの水をえながら、乾いた布巾ふきんで水を切っていた。「まだ怒ってるのかい」「まだってもう忘れちまったわ。――綺麗きれいねこの花は何というんでしょう」「お重しかし、女だなあというのは、そりゃめた言葉だよ。女らしい親切な子だというんだ。怒るやつがあるもんか」「どうでもよくってよ」お重は帯で隠した尻のあたりを左右に振って、両手で花瓶を持ちながら父の居間の方へ行った。それが自分にはあたかも彼女が尻でいかりを見せているようでおかしかった。芳江は我々が帰るや否や、すぐお重の手から母と嫂に引渡された。二人は彼女を奪い合うように抱いたりおろしたりした。自分の平生から不思議に思っていたのは、この外見上冷静な嫂に、頑是がんぜない芳江がよくあれほどに馴つきえたものだという眼前の事実であった。このひとみの黒い髪のたくさんある、そうして母の血を受けて人並よりも蒼白あおじろい頬をした少女は、馴れやすからざる彼女の母のあとを、奇蹟きせきのごとく追って歩いた。それを嫂は日本一の誇として、宅中うちじゅうの誰彼に見せびらかした。ことにおのれの夫に対しては見せびらかすという意味を通り越して、むしろ残酷な敵打かたきうちをする風にも取れた。兄は思索に遠ざかる事のできない読書家として、たいていは書斎裡しょさいりの人であったので、いくら腹のうちでこの少女を鍾愛しょうあいしても、鍾愛の報酬たる親しみの程度ははなはだ稀薄きはくなものであった。感情的な兄がそれを物足らず思うのも無理はなかった。食卓の上などでそれが色に出る時さえ兄の性質としてはたまにはあった。そうなるとほかのものよりお重が承知しなかった。「芳江さんは御母さん子ね。なぜ御父さんのそばに行かないの」などと故意わざとらしく聞いた。「だって……」と芳江は云った。「だってどうしたの」とお重がまた聞いた。「だってこわいから」と芳江はわざと小さな声で答えた。それがお重にはなおさら忌々いまいましく聞こえるのであった。「なに?怖いって?誰が怖いの?」こんな問答がよく繰り返えされて、時には五分も十分も続いた。あによめはこう云う場合に、けっして眉目びもくを動さなかった。いつでもあおい頬に微笑を見せながらどこまでも尋常な応対をした。しまいには父や母が双方をなだめるために、兄から果物を貰わしたり、菓子を受け取らしたりさせて、「さあそれで好い。御父さんからうまいものをちょうだいして」とやっと御茶を濁す事もあった。お重はそれでも腹がえなそうにふくれた頬をみんなに見せた。兄は黙ってひとり書斎へ退しりぞくのが常であった。

父はその年始めて誰かから朝貌あさがおを作る事を教わって、しきりに変った花や葉を愛玩あいがんしていた。変ったと云っても普通のものがただ縮れて見立みだてがなくなるだけだから、宅中うちじゅうでそれを顧みるものは一人もなかった。ただ父の熱心と彼の早起と、いくつも並んでいるはちと、綺麗きれいな砂と、それから最後に、いやねた花のさまや葉の形に感心するだけに過ぎなかった。父はそれらを縁側えんがわへ並べて誰をつらまえても説明をおこたらなかった。「なるほど面白いですなあ」と正直な兄までさも感心したらしく御世辞おせじを余儀なくされていた。父は常に我々とはかけへだたった奥の二間ふたま専領せんりょうしていた。簀垂すだれのかかったその縁側に、朝貌はいつでも並べられた。したがって我々は「おい一郎」とか「おいお重」とか云って、わざわざそこへ呼び出されたものであった。自分は兄よりもはるかに父の気に入るような賛辞を呈して引き退がった。そうして父の聞えない所で、「どうもあんな朝貌をめなけりゃならないなんて、実際恐れ入るね。親父おやじの酔興にも困っちまう」などと悪口を云った。いったい父は講釈好こうしゃくずきの説明好であった。その上時間に暇があるから、誰でも構わず、号鈴ベルを鳴らして呼寄せてはいろいろな話をした。お重などは呼ばれるたびに、「兄さん今日は御願だから代りに行ってちょうだい」と云う事がよくあった。そのお重に父はまた解りにくい事を話すのが大好だった。自分達が大阪から帰ったとき朝貌あさがおはまだ咲いていた。しかし父の興味はもう朝貌を離れていた。「どうしました。例の変り種は」と自分が聞いて見ると、父は苦笑いをして「実は朝貌もあまり思わしくないから、来年からはもうめだ」と答えた。自分はおおかた父の誇りとして我々に見せた妙な花や葉が、おそらくその道の人から鑑定すると、成っていなかったんだろうと判断して、茶の間で大きな声を立てて笑った。すると例のお重とお貞さんが父を弁護した。「そうじゃ無いのよ。あんまり手数てすうがかかるんで、御父さんも根気が尽きちまったのよ。それでも御父さんだからあれだけにできたんですって、みんめていらしったわ」母とあによめは自分の顔を見て、さも自分の無識をあざけるように笑い出した。するとそばにいた小さな芳江までが嫂と同じように意味のある笑い方をした。こんな瑣事さじで日を暮しているうちに兄と嫂の間柄は自然自分達の胸を離れるようになった。自分はかねて約束した通り、兄の前へ出て嫂の事を説明する必要がなくなったような気がした。母が東京へ帰ってからゆっくり話そうと云ったむずかしそうな事件も母の口から容易に出ようとも思えなかった。最後にあれほど嫂について智識を得たがっていた兄が、だんだん冷静に傾いて来た。その代り父母や自分に対しても前ほどは口をかなくなった。暑い時でもたいていは書斎へ引籠ひきこもって何か熱心にやっていた。自分は時々嫂に向って、「兄さんは勉強ですか」と聞いた。嫂は「ええおおかた来学年の講義でも作ってるんでしょう」と答えた。自分はなるほどと思って、その忙しさが永く続くため、彼の心を全然そっちの方へ転換させる事ができはしまいかと念じた。嫂は平生の通りさびしい秋草のようにそこらを動いていた。そうして時々片靨かたえくぼを見せて笑った。

そのうち夏もしだいに過ぎた。宵々よいよいに見る星の光が夜ごとに深くなって来た。梧桐あおぎりの葉の朝夕風に揺ぐのが、肌にこたえるように眼をひやひやと揺振ゆすぶった。自分は秋に入ると生れ変ったように愉快な気分を時々感じ得た。自分より詩的な兄はかつてき通る秋の空を眺めてああ生き甲斐がいのある天だと云ってうれしそうに真蒼まっさおな頭の上を眺めた事があった。「兄さんいよいよ生き甲斐のある時候が来ましたね」と自分は兄の書斎のヴェランダに立って彼を顧みた。彼はそこにある籐椅子といすの上に寝ていた。「まだ本当の秋の気分にゃなれない。もう少したなくっちゃ駄目だね」と答えて彼はひざの上に伏せた厚い書物を取り上げた。時は食事前の夕方であった。自分はそれなり書斎を出て下へ行こうとした。すると兄が急に自分を呼び止めた。「芳江は下にいるかい」「いるでしょう。先刻さっき裏庭で見たようでした」自分は北の方の窓を開けて下をのぞいて見た。下には特に彼女のために植木屋がこしらえたブランコがあった。しかし先刻いた芳江の姿は見えなかった。「おやどこへか行ったかな」と自分が独言ひとりごとを云ってると、彼女の鋭い笑い声が風呂場の中で聞えた。「ああ湯に這入はいっています」なおといっしょかい。御母さんとかい」芳江の笑い声の間にはたしかに、女として深さのあり過ぎるあによめの声が聞えた。「姉さんです」と自分は答えた。「だいぶ機嫌きげんが好さそうじゃないか」自分は思わずこう云った兄の顔を見た。彼は手に持っていた大きな書物で頭まで隠していたからこの言葉を発した時の表情は少しも見る事ができなかった。けれども、彼の意味はその調子で自分によくみ込めた。自分は少し逡巡しゅんじゅんしたあとで、「兄さんは子供をあやす事を知らないから」と云った。兄の顔はそれでも書物のうしろに隠れていた。それを急に取るや否や彼は「おれの綾成あやす事のできないのは子供ばかりじゃないよ」と云った。自分は黙って彼の顔を打ち守った。「おれは自分の子供を綾成す事ができないばかりじゃない。自分の父や母でさえ綾成す技巧を持っていない。それどころか肝心かんじんのわがさいさえどうしたら綾成せるかいまだに分別がつかないんだ。この年になるまで学問をした御蔭おかげで、そんな技巧は覚える余暇ひまがなかった。二郎、ある技巧は、人生を幸福にするために、どうしても必要と見えるね」「でも立派な講義さえできりゃ、それですべてをつぐなってあまりあるから好いでさあ」自分はこう云って、様子次第、退却しようとした。ところが兄は中止する気色けしきを見せなかった。「おれは講義を作るためばかりに生れた人間じゃない。しかし講義を作ったり書物を読んだりする必要があるために肝心かんじんの人間らしい心持を人間らしく満足させる事ができなくなってしまったのだ。でなければ先方さきで満足させてくれる事ができなくなったのだ」自分は兄の言葉の裏に、彼の周囲をのろうように苦々にがにがしいある物を発見した。自分は何とか答えなければならなかった。しかし何と答えて好いか見当けんとうがつかなかった。ただ問題が例の嫂事件を再発さいほつさせては大変だと考えた。それで卑怯ひきょうのようではあるが、問答がそこへ流れ入る事を故意に防いだ。「兄さんが考え過ぎるから、自分でそう思うんですよ。それよりかこの好天気を利用して、今度の日曜ぐらいに、どこかへ遠足でもしようじゃありませんか」兄はかすかに「うん」と云ってものうげに承諾の意を示した。

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