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行人・夏目漱石

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朗読者: VOICEVOX Nemo / ノーマルこの朗読者の公開朗読はまだない / 朗読停止中

その晩は静かな雨が夜通し降った。枕をたたくような雨滴あまだれの音の中に、自分はいつまでもあによめ幻影まぼろしを描いた。まゆとそれから濃い眸子ひとみそれが眼に浮ぶと、蒼白あおしろい額や頬は、磁石じしゃくに吸いつけられる鉄片てっぺんの速度で、すぐその周囲まわりに反映した。彼女の幻影は何遍も打ちくずされた。打ち崩されるたびにまた同じ順序がすぐ繰返された。自分はついに彼女のくちびるの色まで鮮かに見た。その唇の両端りょうはしにあたる筋肉が声に出ない言葉の符号シンボルのごとくかすかに顫動せんどうするのを見た。それから、肉眼の注意を逃れようとする微細のうずが、えくぼに寄ろうか崩れようかと迷う姿で、間断なく波を打つ彼女の頬をありありと見た。自分はそれくらいきた彼女をそれくらいはげしく想像した。そうして雨滴あまだれの音のぽたりぽたりと響く中に、取り留めもないいろいろな事を考えて、火照ほてった頭を悩まし始めた。彼女と兄との関係が悪く変る以上、自分の身体からだがどこにどう飛んで行こうとも、自分の心はけっして安穏あんのんであり得なかった。自分はこの点について彼女にもっと具体的な説明を求めたけれども、普通の女のように零砕れいさいな事実を訴えの材料にしない彼女は、ほとんど自分の要求を無視したように取り合わなかった。自分は結果からいうと、焦慮じらされるために彼女の訪問を受けたと同じ事であった。彼女の言葉はすべて影のように暗かった。それでいて、稲妻いなずまのように簡潔なひらめきを自分の胸に投げ込んだ。自分はこの影と稲妻とをつづり合せて、もしや兄がこの間中あいだじゅう癇癖かんぺきこうじたあげく、嫂に対して今までにない手荒な事でもしたのではなかろうかと考えた。打擲ちょうちゃくという字は折檻せっかんとか虐待ぎゃくたいとかいう字と並べて見ると、いまわしい残酷な響を持っている。嫂は今の女だから兄の行為を全くこの意味に解しているかも知れない。自分が彼女に兄の健康状態を聞いた時、彼女は人間だからいつどんな病気に罹るかも知れないとひややかに云って退けた。自分が兄の精神作用に掛念けねんがあってこの問を出したのは彼女にも通じているはずである。したがって平生よりもなお冷淡な彼女の答は、美しいおのれの肉に加えられたむちの音を、夫の未来に反響させる復讐ふくしゅうの声とも取れた。――自分はこわかった。自分は明日あすにも番町へ行って、母からでもそっと彼ら二人の近況を聞かなければならないと思った。けれどもあによめはすでに明言した。彼ら夫婦関係の変化については何人なんびともまだ知らない、また何人なんびとにも告げた事がないと明言した。影のような稲妻いなずまのような言葉のうちからその消息をぼんやりと焼きつけられたのは、天下に自分の胸がたった一つあるばかりであった。なぜあれほど言葉のすくない嫂が自分にだけそれを話し出したのだろうか。彼女は平生から落ちついている。今夜も平生の通り落ちついていた。彼女は昂奮こうふんきょく訴える所がないので、わざわざ自分をうたものとは思えなかった。だいち訴えという言葉からしてが彼女の態度には不似合であった。結果から云えば、自分は先刻さっき云った通りむしろ彼女から焦慮じらされたのであるから。彼女は火鉢にあたる自分の顔を見て、「なぜそう堅苦かたくるしくしていらっしゃるの」と聞いた。自分が「別段堅苦しくはしていません」と答えた時、彼女は「だってかえってるじゃありませんか」と笑った。その時の彼女の態度は、細い人指ひとさしゆびで火鉢の向側から自分のほっぺたでも突っつきそうにれ狎れしかった。彼女はまた自分の名を呼んで、吃驚びっくりしたでしょう」と云った。突然雨の降る寒い晩に来て、自分を驚かしてやったのが、さも愉快な悪戯いたずらででもあるかのごとくに云った。……自分の想像と記憶は、ぽたりぽたりと垂れる雨滴あまだれ拍子ひょうしのうちに、それからそれからととめどもなく深更まで廻転した。

それから三四日さんよっかの間というもの自分の頭は絶えず嫂の幽霊に追い廻された。事務所の机の前に立って肝心かんじんの図を引く時ですら、自分はこのたたりを払い退ける手段を知らなかった。ある日には始終しじゅう他人の手を借りて仕事を運んで行くようなはがゆい思さえ加わった。こうして自分で自分を離れた気分を持ちながら、上部うわべだけを人並にやって行くのにはたの者はなぜ不審がらないのだろうと疑ぐって見たりした。自分はよほど前から事務所ではもう快活な男として通用しないようになっていた。ことに近来は口数さえろくかなかった。それでこの三四日間に起った変化もまたひとの注意にのぼらずに済んでいるのだろうと考えた。そうして自己と周囲と全く遮断しゃだんされた人のさびしさをひとり感じた。自分はこの間に一人の嫂をいろいろに視た。――彼女は男子さえ超越する事のできないあるものを嫁に来たその日からすでに超越していた。あるいは彼女には始めから超越すべきかきも壁もなかった。始めからとらわれない自由な女であった。彼女の今までの行動は何物にも拘泥こうでいしない天真の発現に過ぎなかった。ある時はまた彼女がすべてを胸のうちに畳み込んで、容易に己を露出しないいわゆるしっかりもののごとく自分の眼に映じた。そうした意味から見ると、彼女はありふれたしっかりもののいきはるかに通り越していた。あの落ちつき、あの品位、あの寡黙かもく誰が評しても彼女はしっかりし過ぎたものに違いなかった。驚くべく図々ずうずうしいものでもあった。ある刹那せつなには彼女は忍耐の権化ごんげのごとく、自分の前に立った。そうしてその忍耐には苦痛の痕迹こんせきさえ認められない気高けだかさがひそんでいた。彼女はまゆをひそめる代りに微笑した。泣き伏す代りに端然たんぜんと坐った。あたかもその坐っている席の下からわが足の腐れるのを待つかのごとくに。要するに彼女の忍耐は、忍耐という意味を通り越して、ほとんど彼女の自然に近いある物であった。一人のあによめが自分にはこういろいろに見えた。事務所の机の前、昼餐ひるめしたくの上、かえみちの電車の中、下宿の火鉢の周囲まわりさまざまの所でさまざまに変って見えた。自分はひとの知らない苦しみを他に言わずに苦しんだ。その間思い切って番町へ出かけて行って、大体の様子を探るのがともかくも順序だとはしばしば胸に浮かんだ。けれども卑怯ひきょうな自分はそれをあえてする勇気をもたなかった。眼の前にこわい物のあるのを知りながら、わざと見ないためにまぶたを閉じていた。すると五日目の土曜の午後に突然父から事務所の電話口まで呼び出された。「御前は二郎かい」「そうです」明日あすの朝ちょっと行くが好いかい」「へえ」差支さしつかえがあるかい」「いえ別に……」「じゃ待っててくれ、いだろうね。さようなら」父はそれで電話を切ってしまった。自分は少からず狼狽ろうばいした。何の用事であるかをさえ確める余裕をもたなかった自分は、電話口を離れてから後悔した。もし用事があるなら呼びつけられそうなものだのにとすぐ変に思っても見た。父が向うから来るという違例な事が、この間の嫂の訪問に何か関係があるような気がして、自分の胸は一層不安になった。下宿に帰ったら、大阪の岡田から来た一枚の絵端書えはがきが机の上に載せてあった。それは彼ら夫婦が佐野とお貞さんを誘って、楽しい半日を郊外に暮らした記念であった。自分は机に向って長い間その絵端書を見つめていた。

日曜には思い切って寝坊をする癖のついていた自分も、次の朝だけは割合に早く起きた。飯を済まして新聞を読むと、その新聞が汽車を待ち合せる間に買って、せわしなく眼を通す時のように、何の見るところもないほど、つまらなく感ぜられた。自分はすぐ新聞をてた。しかし五六分たないうちにまたそれを取り上げた。自分は煙草を吸ったり、眼鏡めがねくもり丁寧ていねいぬぐったり、いろいろな所作しょさをして、父の来るのを待ち受けた。父は容易に来なかった。自分は父の早起をよく承知していた。彼の性急せっかちにも子供のうちかららされていた。落ちつかない自分は、電話でもかけて、どうしたのかこっちから父の都合を聞いて見ようかと思った。母にれ抜いた自分は、常から父をはばかっていた。けれども、本当の底を割って見ると、柔和やさしい母の方が、苛酷きびしい父よりはかえってこわかった。自分は父に怒られたり小言を云われたりする時に、恐縮はしながらも、やっぱり男は男だと腹の中で思う事がたびたびあった。けれどもこの場合はいつもと違っていた。いくら父でもそう容易たやすく高をくくる訳に行かなかった。電話をかけようとした自分はまたかけ得ずにしまった。父はとうとう十時頃になってやって来た。羽織はおりはかまで少しきまり過ぎた服装なりはしていたが、顔つきは存外穏かであった。小さい時から彼の手元で育った自分は、事のあるかないかを彼の顔色からすぐ判断する功を積んでいた。「もっと早くおいでだろうと思って先刻さっきから待っていました」「おおかた床の中で待ってたんだろう。早いのはいくら早くっても驚かないが、御前に気の毒だからわざと遅く出かけたのさ」父は自分のんで出した茶を、飲むようにめるように、口の所へ持って行って、へやの中をじろじろ見廻した。室には机と本箱と火鉢があるだけであった。「好い室だね」父は自分達に対してもよくこんな愛嬌あいきょうを云う男であった。彼が長年社交のために用い慣れた言葉は、遠慮のない家庭にまで、いつか這入り込んで来た。それほど枯れた御世辞おせじだから、それが自分にはひとの「御早う」ぐらいにしか響かなかった。彼は三尺のとこのぞいてそこに掛けた幅物ふくものを眺め出した。「ちょうど好いね」その軸は特にここのとこを飾るために自分が父から借りて来た小形の半切はんせつであった。彼が「これなら持って行っても好い」と投げ出してくれただけあって、自分にはちょうど好くも何ともない変なものであった。自分は苦笑してそれを眺めていた。そこには薄墨で棒が一本筋違すじかいに書いてあった。その上に「この棒ひとり動かず、さわれば動く」さんがしてあった。要するに絵とも字ともかたのつかないつまらないものであった。「御前は笑うがね。これでも渋いものだよ。立派な茶懸ちゃがけになるんだから」「誰でしたっけね書き手は」「それは分らないが、いずれ大徳寺か何か……」「そうそう」父はそれで懸物かけものの講釈を切り上げようとはしなかった。大徳寺がどうの、黄檗おうばくがどうのと、自分にはまるで興味のない事を説明して聞かせた。しまいに「この棒の意味が解るか」などと云って自分を悩ませた。

その日自分は父にれられて上野の表慶館を見た。今まで彼にいてそういう所へ行った事は幾度となくあったが、まさかそのために彼がわざわざ下宿へ誘いにようとは思えなかった。自分は父と共に下宿のかどを出て上野へ向う途々みちみちも、今に彼の口から何か本当の用事が出るにちがいないと予期していた。しかしそれをこっちから聞く勇気はとても起らなかった。兄の名もあによめの名も彼の前には封じられた言葉のごとく、自分の声帯を固くくくりつけた。表慶館で彼は利休の手紙の前へ立って、何々せしめそろ……かね、といった風に、解らない字を無理にぽつぽつ読んでいた。御物ごもつ王羲之おうぎしの書を見た時、彼は「ふうんなるほど」と感心していた。その書がまた自分には至ってつまらなく見えるので、「大いに人意を強うするに足るものだ」と云ったら、「なぜ」と彼は反問した。二人は二階の広間へ入った。するとそこに応挙おうきょの絵がずらりと十幅ばかりかけてあった。それが不思議にも続きもので、右のはじいわの上に立っている三羽の鶴と、左のすみに翼をひろげて飛んでいる一羽のほかは、距離にしたら約二三間の間ことごとく波でうまっていた。唐紙からかみってあったのを、がして懸物かけものにしたのだね」一幅ごとに残っている開閉あけたて手摺てずれあとと、引手ひきての取れた部分の白い型を、父は自分に指し示した。自分は広間の真中に立ってこの雄大なを描いた昔の日本人を尊敬する事を、父の御蔭おかげでようやく知った。二階から下りた時、父はぎょくだの高麗焼こうらいやきだのの講釈をした。柿右衛門かきえもんと云う名前も聞かされた。一番下らないのはのんこうの茶碗であった。疲れた二人はついに表慶館を出た。館の前をおおうようにそびえている蒼黒あおぐろい一本の松の木を右に見て、綺麗きれい小路こみちをのそのそ歩いた。それでも肝心かんじんの用事について、父は一言ひとことも云わなかった。「もうじき花が咲くね」「咲きますね」二人はまたのそのそ東照宮の前まで来た。「精養軒で飯でも食うか」時計はもう一時半であった。小さい時分から父にれられて外出そとでするたびに、きっとどこかで物を食う癖のついた自分は、成人ののちも御供と御馳走ごちそうを引き離しては考えていなかった。けれどもその日はなぜだか早く父に別れたかった。行きがけに気のつかなかったその精養軒の入口は、五色の旗で隙間すきまなく飾られた綱を、いつの間にか縦横に渡して、絹帽シルクハットの客をはなやかに迎えていた。「何かあるんですよ今日は。おおかた貸し切りなんでしょう」「なるほど」父は立ち留ってにちらちらする旗の色を眺めていたが、やがて気のついた風で、「今日は二十三日だったね」と聞いた。その日は二十三日であった。そうしてKという兄の知人の結婚披露の当日であった。「つい忘れていた。一週間ばかり前に招待状が来ていたっけ。一郎となおと二人の名宛なあてで」「Kさんはまだ結婚しなかったのですかね」「そうさ。く知らないが、まさか二度目じゃなかろうよ」二人は山を下りてとうとうその左側にある洋食屋に這入はいった。「ここは往来がよく見える。ことに寄ると一郎が、絹帽をかぶって通るかも知れないよ」ねえさんもいっしょなんですか」「さあ。どうかね」二階の窓際近くに席を占めた自分達は、花で飾られた低いヴァーズを前に、広々した三橋みはしの通りを見下した。

食事中父は機嫌きげんよく話した。しかし用談らしい改まったものは、珈琲コーヒーを飲むまでついに彼の口にのぼらなかった。表へ出た時、彼は始めて気のついたらしい顔をして、向う側の白い大きな建物を眺めた。「やあいつの間にか勧工場かんこうばが活動に変化しているね。ちっとも知らなかった。いつ変ったんだろう」白い洋館の正面に金字で書いてある看板の周囲は、無数の旗の影で安価にいろどられていた。自分は職業柄、さも仰山ぎょうさんらしく東京の真中に立っているこの粗末な建築を、情ない眼つきで見た。「どうも驚くね世の中の早く変るには。そう思うとおれなぞもいつ死ぬか分らない」好い日曜なのと時刻が時刻なので、往来は今が人の出盛りであった。はなやかな色と、陽気な肉と、浮いた足並のむらがるなかでこう云った父の言葉は、妙に周囲と調和を欠いていた。自分は番町と下宿と方角のわかれる所で、父に別れようとした。「用があるのかい」「ええ少し……」「まあ好いからうちまでおいで」自分は帽子のつばへ手をかけたまま躊躇ちゅうちょした。「いいからおいでよ。自分の宅じゃないか。たまには来るものだ」自分はきまりの悪い顔をして父のあとしたがった。父はすぐうしろをふり向いた。「宅じゃ近頃御前が来ないので、みんな不思議がってるんだぜ。二郎はどうしたんだろうって。遠慮が無沙汰ぶさたというが、御前のは無遠慮が無沙汰になるんだからなお悪い」「そう云う訳でもありませんが。「何しろ来るが好い。言訳は宅へ行って、御母さんにたんとするさ。おれはただ引っ張って行く役なんだから」父はずんずん歩いた。自分は腹の中であたかも丁年ていねん未満の若者のような自分の態度を苦笑しながら、黙って父と歩調を共にした。その日はこの間とは打って変って、青春の第一日ともいうべき暖かい光を、南へ廻った太陽が自分達の上へ投げかけていた。かわうそえりをつけた重いとんびをまとった父も、少し厚手の外套がいとうを着た自分も、先刻さっきからの運動で、少し温気うんきされる気味であった。その春の半日を自分は父の御蔭おかげで、珍らしく方々引っ張り廻された。この老いた父と、こう肩を並べて歩いたためしは近頃とんとなかった。この老いた父とこれから先もう何度こうして歩けるものかそれも分らなかった。自分は鈍い不安のうちに、かすかなうれしさと、その嬉しさに伴う一種のはかなさとを感じた。そうして不意に自分の胸を襲ったこの感傷的な気分に、なるべくおのれを任せるような心持で足を運ばせた。「御母さんは驚いているよ。御彼岸おひがん御萩おはぎを持たせてやっても、返事も寄こさなければ、重箱を返しもしないって。ちょっとでも好いから来ればいいのさ。来られない訳が急にできた訳でもあるまいし」自分は何とも返事をしなかった。「今日は久しぶりに御前をれて行ってみんなに会わせようと思って。――御前一郎に近頃会った事はあるまい」「ええ実は下宿をする時挨拶あいさつをしたぎりです」「それ見ろ。ところが今日はあいにく一郎が留守るすだがね。御父さんが上野の披露会の事を忘れていたのが悪かったけれども」自分は父にれられて、とうとう番町の門をくぐった。

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