十
座敷に這入った時、母は自分の顔を見て、「おや珍らしいね」と云っただけであった。自分はほとんど権柄ずくでここへ引っ張られて来ながらも、途々父の情をありがたく感じていた。そうして暗に家に帰ってから母に会う瞬間の光景を予想していた。その予想がこの一言で打ち崩されたのは案外であった。父は家内の誰にも打ち合せをせずに、全く自分一人の考えで、この不心得な息子に親切を尽してくれたのである。お重は逃げた飼犬を見るような眼つきで自分を見た。「そら迷子が帰って来た」と云った。嫂はただ「いらっしゃい」と平生の通り言葉寡な挨拶をした。この間の晩一人で尋ねて来た事は、まるで忘れてしまったという風に見えた。自分も人前を憚って一口もそれに触れなかった。比較的陽気なのは父であった。彼は多少の諧謔と誇張とを交ぜて、今日どうして自分をおびき出したかを得意らしく母やお重に話した。おびき出すという彼の言葉が自分には仰山でかつ滑稽に聞えた。「春になったから、皆なもちっと陽気にしなくっちゃいけない。この頃のように黙ってばかりいちゃ、まるで幽霊屋敷のようで、くさくさするだけだあね。桐畠でさえ立派な家が建つ時節じゃないか」桐畠というのは家のつい近所にある角地面の名であった。そこへ住まうと何か祟があるという昔からの言い伝えで、この間まで空地になっていたのを、この頃になってようやく或る人が買い取って、大きな普請を始めたのである。父は自分の家が第二の桐畠になるのを恐れでもするように、活々と傍のものに話し掛けた。平生彼の居馴染んだ室は、奥の二間続きで、何か用があると、母でも兄でも、そこへ呼び出されるのが例になっていたが、その日はいつもと違って、彼は初めから居間へは這入らなかった。ただ袴と羽織を脱ぎ棄てたなり、そこへ坐ったまま、長く自分達を相手に喋舌っていた。久しく住み馴れた自分の家も、こうしてたまに来て見ると、多少忘れ物でも思い出すような趣があった。出る時はまだ寒かった。座敷の硝子戸はたいてい二重に鎖されて、庭の苔を残酷に地面から引き剥す霜が一面に降っていた。今はその外側の仕切がことごとく戸袋の中に収められてしまった。内側も左右に開かれていた。許す限り家の中と大空と続くようにしてあった。樹も苔も石も自然から直接に眼の中へ飛び込んで来た。すべてが出る時と趣を異にしていた。すべてが下宿とも趣を異にしていた。自分はこういう過去の記念のなかに坐って、久しぶりに父母や妹や嫂といっしょに話をした。家族のうちでそこにいないものはただ兄だけであった。その兄の名は先刻からまだ一度も誰の会話にも上らなかった。自分はその日彼がKさんの披露会に呼ばれたという事を聞いた。自分は彼がその招待に応じたか、上野へ出かけたか、はたして留守であるかさえ知らなかった。自分は自分の前にいる嫂を見て、彼女が披露の席に臨まないという事だけを確めた。自分は兄の名が話頭に上らないのを苦にした。同時に彼の名が出て来るのを憚った。そうした心持でみんなの顔を見ると、無邪気な顔は一つもないように思えた。自分はしばらくしてお重に「お重お前の室をちょっと御見せ。綺麗になったって威張ってたから見てやろう」と云った。彼女は「当り前よ、威張るだけの事はあるんだから行って御覧なさい」と答えた。自分は下宿をするまで朝夕寝起きをした、家中で一番馴染の深い、故のわが室を覗きに立った。お重は果して後から随いて来た。
十一
彼女の室は自慢するほど綺麗にはなっていなかったけれども、自分の住み荒した昔に比べると、どこかになまめいた匂いが漂よっていた。自分は机の前に敷いてある派出な模様の座蒲団の上に胡坐をかいて、「なるほど」と云いながらそこいらを見廻した。机の上には和製のマジョリカ皿があった。薔薇の造り花がセゼッション式の一輪瓶に挿してあった。白い大きな百合を刺繍にした壁飾りが横手にかけてあった。「ハイカラじゃないか」「ハイカラよ」お重の澄ました顔には得意の色が見えた。自分はしばらくそこでお重に調戯っていた。五六分してから彼女に「近頃兄さんはどうだい」とさも偶然らしく問いかけて見た。すると彼女は急に声を潜めて、「そりゃ変なのよ」と答えた。彼女の性質は嫂とは全く反対なので、こう云う場合には大変都合が好かった。いったん緒口さえ見出せば、あとはこっちで水を向ける必要も何もなかった。隠す事を知らない彼女は腹にある事をことごとく話した。黙って聞いていた自分にもしまいには蒼蠅いほどであった。「つまり兄さんが家のものとあんまり口を利かないと云うんだろう」「ええそうよ」「じゃ僕の家を出た時と同じ事じゃないか」「まあそうよ」自分は失望した。考えながら、煙草の灰をマジョリカ皿の中へ遠慮なくはたき落した。お重は厭な顔をした。「それペン皿よ。灰皿じゃないわよ」自分は嫂ほどに頭のできていないお重から、何も得るところのないのを覚って、また父や母のいる座敷へ帰ろうとした時、突然妙な話を彼女から聞いた。その話によると、兄はこの頃テレパシーか何かを真面目に研究しているらしかった。彼はお重を書斎の外に立たしておいて、自分で自分の腕を抓った後「お重、今兄さんはここを抓ったが、お前の腕もそこが痛かったろう」と尋ねたり、または室の中で茶碗の茶を自分一人で飲んでおきながら、「お重お前の咽喉は今何か飲む時のようにぐびぐび鳴りやしないか」と聞いたりしたそうである。「妾説明を聞くまでは、きっと気が変になったんだと思って吃驚りしたわ。兄さんは後で仏蘭西の何とかいう人のやった実験だって教えてくれたのよ。そうしてお前は感受性が鈍いから罹らないんだって云うのよ。妾嬉しかったわ」「なぜ」「だってそんなものに罹るのはコレラに罹るより厭だわ妾」「そんなに厭かい」「きまってるじゃありませんか。だけど、気味が悪いわね、いくら学問だってそんな事をしちゃ」自分もおかしいうちに何だか気味の悪い心持がした。座敷へ帰って来ると、嫂の姿はもうそこに見えなかった。父と母は差し向いになって小さな声で何か話し合っていた。その様子が今しがた自分一人で家中を陽気にした賑やかな人の様子とも見えなかった。「ああ育てるつもりじゃなかったんだがね」という声が聞えた。「あれじゃ困りますよ」という声も聞えた。
十二
自分はその席で父と母から兄に関する近況の一般を聞いた。彼らの挙げた事実は、お重を通して得た自分の知識に裏書をする以外、別に新しい何物をも付け加えなかったけれども、その様子といい言葉といい、いかにも兄の存在を苦にしているらしく見えて、はなはだ痛々しかった。彼ら(ことに母)は兄一人のために宅中の空気が湿っぽくなるのを辛いと云った。尋常の父母以上にわが子を愛して来たという自信が、彼らの不平を一層濃く染めつけた。彼らはわが子からこれほど不愉快にされる因縁がないと暗に主張しているらしく思われた。したがって自分が彼らの前に坐っている間、彼らは兄を云々するほか、何人の上にも非難を加えなかった。平生から兄に対する嫂の仕打に飽き足らない顔を見せていた母でさえ、この時は彼女についてついに一口も訴えがましい言葉を洩らさなかった。彼らの不平のうちには、同情から出る心配も多量に籠っていた。彼らは兄の健康について少からぬ掛念をもっていた。その健康に多少支配されなければならない彼の精神状態にも冷淡ではあり得なかった。要するに兄の未来は彼らにとって、恐ろしいX《エッキス》であった。「どうしたものだろう」これが相談の時必ず繰り返されべき言葉であった。実を云えば、一人一人離れている折ですら、胸の中でぼんやり繰り返して見るべき二人の言葉であった。「変人なんだから、今までもよくこんな事があったには有ったんだが、変人だけにすぐ癒ったもんだがね。不思議だよ今度は」兄の機嫌買を子供のうちから知り抜いている彼らにも、近頃の兄は不思議だったのである。陰欝な彼の調子は、自分が下宿する前後から今日まで少しの晴間なく続いたのである。そうしてそれがだんだん険悪の一方に向って真直に進んで行くのである。「本当に困っちまうよ妾だって。腹も立つが気の毒でもあるしね」母は訴えるように自分を見た。自分は父や母と相談のあげく、兄に旅行でも勧めて見る事にした。彼らが自分達の手際ではとても駄目だからというので、自分は兄と一番親密なHさんにそれを頼むが好かろうと発議して二人の賛成を得た。しかしその頼み役には是非共自分が立たなければ済まなかった。春休みにはまだ一週間あった。けれども学校の講義はもうそろそろしまいになる日取であった。頼んで見るとすれば、早くしなければ都合が悪かった。「じゃ二三日うちに三沢の所へ行って三沢からでも話して貰うかまた様子によったら僕がじかに行って話すか、どっちかにしましょう」Hさんとそれほど懇意でない自分は、どうしても途中に三沢を置く必要があった。三沢は在学中Hさんを保証人にしていた。学校を出てからもほとんど家族の一人のごとく始終そこへ出入していた。帰りがけに挨拶をしようと思って、ちょっと嫂の室を覗いたら、嫂は芳江を前に置いて裸人形に美しい着物を着せてやっていた。「芳江大変大きくなったね」自分は芳江の頭へ立ちながら手をかけた。芳江はしばらく顔を見なかった叔父に突然綾されたので、少しはにかんだように唇を曲げて笑っていた。門を出る時はかれこれ五時に近かったが、兄はまだ上野から帰らなかった。父は久しぶりだから飯でも食って彼に会って行けと云ったが、自分はとうとうそれまで腰を据えていられなかった。
十三
翌日自分は事務所の帰りがけに三沢を尋ねた。ちょうど髪を刈りに今しがた出かけたところだというので、自分は遠慮なく上り込んで彼を待つ事にした。「この両三日はめっきりお暖かになりました。もうそろそろ花も咲くでございましょう」主人の帰る間座敷へ出た彼の母は、いつもの通り丁寧な言葉で自分に話し掛けた。彼の室は例のごとく絵だのスケッチだので鼻を突きそうであった。中には額縁も何にもない裸のままを、ピンで壁の上へじかに貼り付けたのもあった。「何だか存じませんが、好だものでございますから、むやみと貼散らかしまして」と彼の母は弁解がましく云った。自分は横手の本棚の上に、丸い壺と並べて置いてあった一枚の油絵に眼を着けた。それには女の首が描いてあった。その女は黒い大きな眼をもっていた。そうしてその黒い眼の柔かに湿ったぼんやりしさ加減が、夢のような匂を画幅全体に漂わしていた。自分はじっとそれを眺めていた。彼の母は苦笑して自分を顧みた。「あれもこの間いたずらに描きましたので」三沢は画の上手な男であった。職業柄自分も画の具を使う道ぐらいは心得ていたが、芸術的の素質を饒かにもっている点において、自分はとうてい彼の敵ではなかった。自分はこの画を見ると共に可憐なオフィリヤを連想した。「面白いです」と云った。「写真を台にして描いたんだから気分がよく出ない、いっそ生きてるうちに描かして貰えば好かったなんて申しておりました。不幸な方で、二三年前に亡くなりました。せっかく御世話をして上げた御嫁入先も不縁でね、あなた」油絵のモデルは三沢のいわゆる出戻りの御嬢さんであった。彼の母は自分の聞かない先きに、彼女についていろいろと語った。けれども女と三沢との関係は一言も口にしなかった。女の精神病に罹った事にもまるで触れなかった。自分もそれを聞く気は起らなかった。かえって話頭をこっちで切り上げるようにした。問題は彼女を離れるとすぐ三沢の結婚談に移って行った。彼の母は嬉しそうであった。「あれもいろいろ御心配をかけましたが、今度ようやくきまりまして……」この間三沢から受取った手紙に、少し一身上の事について、君に話があるからそのうち是非行くと書いてあったのが、この話でやっと悟れた。自分は彼の母に対して、ただ人並の祝意を表しておいたが、心のうちではその嫁になる人は、はたしてこの油絵に描いてある女のように、黒い大きな滴るほどに潤った眼をもっているだろうか、それが何より先に確めて見たかった。三沢は思ったほど早く帰らなかった。彼の母はおおかた帰りがけに湯にでも行ったのだろうと云って、何なら見せにやろうかと聞いたが、自分はそれを断った。しかし彼女に対する自分の話は、気の毒なほど実が入らなかった。三沢にどうだろうと云った自分の妹のお重は、まだどこへ行くともきまらずにぐずぐずしている。そういう自分もお重と同じ事である。せっかく身の堅まった兄と嫂は折り合わずにいる。――こんな事を対照して考えると、自分はどうしても快活になれなかった。
十四
そのうち三沢が帰って来た。近頃は身体の具合が好いと見えて、髪を刈って湯に入った後の彼の血色は、ことにつやつやしかった。健康と幸福、自分の前に胡坐をかいた彼の顔はたしかにこの二つのものを物語っていた。彼の言語態度もまたそれに匹敵して陽気であった。自分の持って来た不愉快な話を、突然と切り出すには余りに快活すぎた。「君どうかしたか」彼の母が席を立って二人差向いになった時、彼はこう問いかけた。自分は渋りながら、兄の近況を彼に訴えなければならなかった。その兄を勧めて旅行させるように、彼からHさんに頼んでくれと云わなければならなかった。「父や母が心配するのをただ黙って見ているのも気の毒だから」この最後の言葉を聞くまで、彼はもっともらしく腕組をして自分の膝頭を眺めていた。「じゃ君といっしょに行こうじゃないか。いっしょの方が僕一人より好かろう、精しい話ができて」三沢にそれだけの好意があれば、自分に取っても、それに越した都合はなかった。彼は着物を着換ると云ってすぐ座を起ったが、しばらくするとまた襖の陰から顔を出して、「君、母が久しぶりだから君に飯を食わせたいって今支度をしているところなんだがね」と云った。自分は落ちついて馳走を受ける気分をもっていなかった。しかしそれを断ったにしたところで、飯はどこかで食わなければならなかった。自分は瞹眛な返事をして、早く立ちたいような気のする尻を元の席に据えていた。そうして本棚の上に載せてある女の首をちょいちょい眺めた。「どうも何にもございませんのに、御引留め申しましてさぞ御迷惑でございましたろう。ほんの有合せで」三沢の母は召使に膳を運ばせながらまた座敷へ顔を出した。膳の端には古そうに見える九谷焼の猪口が載せてあった。それでも三沢といっしょに出たのは思ったより早かった。電車を降りて五六丁歩るいて、Hさんの応接間に通った時、時計を見たらまだ八時であった。Hさんは銘仙の着物に白い縮緬の兵児帯をぐるぐる巻きつけたまま、椅子の上に胡坐をかいて、「珍らしいお客さんを連れて来たね」と三沢に云った。丸い顔と丸い五分刈の頭をもった彼は、支那人のようにでくでく肥っていた。話しぶりも支那人が慣れない日本語を操つる時のように、鈍かった。そうして口を開くたびに、肉の多い頬が動くので、始終にこにこしているように見えた。彼の性質は彼の態度の示す通り鷹揚なものであった。彼は比較的堅固でない椅子の上に、わざわざ両足を載せて胡坐をかいたなり、傍から見るとさも窮屈そうな姿勢の下に、夷然として落ちついていた。兄とはほとんど正反対なこの様子なり気風なりが、かえって兄と彼とを結びつける一種の力になっていた。何にも逆らわない彼の前には、兄も逆らう気が出なかったのだろう。自分はHさんの悪口を云う兄の言葉を、今までついぞ一度も聞いた事がなかった。「兄さんは相変らず勉強ですか。ああ勉強してはいけないね」悠長な彼はこう云って自分の吐いた煙草の煙を眺めていた。

