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行人・夏目漱石

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朗読者: VOICEVOX Nemo / ノーマルこの朗読者の公開朗読はまだない / 朗読停止中

四十五

私はこの場合にも自分の頭が兄さんに及ばないという事を自白しなければなりません。私は人間として、はたして兄さんのいうような境界に達せられべきものかをまだ考えていなかったのです。明瞭めいりょうな順序で自然そこに帰着きちゃくして行く兄さんの話を聞いた時、なるほどそんなものかと思いました。またそんなものでも無かろうかとも思いました。何しろ私はとかくの是非をさしはさむだけの資格をもっていない人間に過ぎませんでした。私は黙々として熱烈な言葉の前にすわりました。すると兄さんの態度が変りました。私の沈黙が鋭い兄さんの鉾先ほこさきにぶらせた例は、今までにも何遍かありました。そうしてそれがことごとく偶然から来ているのです。もっとも兄さんのような聡明そうめいな人に、一種の思わくから黙って見せるという技巧ぎこうろうしたら、すぐ観破かんぱされるにきまっていますから、私ののろいのも時には一得いっとくになったのでしょう。「君、僕を単に口舌こうぜつの人と軽蔑けいべつしてくれるな」と云った兄さんは、急に私の前に手を突きました。私は挨拶あいさつに窮しました。「君のような重厚ちょうこうな人間から見たら僕はいかにも軽薄なお喋舌しゃべりに違ない。しかし僕はこれでも口で云う事を実行したがっているんだ。実行しなければならないと朝晩あさばん考え続けに考えているんだ。実行しなければ生きていられないとまで思いつめているんだ」私は依然として挨拶に困ったままでした。「君、僕の考えを間違っていると思うか」と兄さんが聞きました。「そうは思わない」と私が答えました。「徹底していないと思うか」と兄さんがまた聞きました。根本的こんぽんてきのようだ」と私がまた答えました。「しかしどうしたらこの研究的な僕が、実行的な僕に変化できるだろう。どうぞ教えてくれ」と兄さんが頼むのです。「僕にそんな力があるものか」と、思いも寄らない私は断るのです。「いやある。君は実行的に生れた人だ。だから幸福なんだ。そう落ちついていられるんだ」と兄さんが繰り返すのです。兄さんは真剣のようでした。私はその時憮然ぶぜんとして兄さんに向いました。「君の智慧ちえはるかに僕にまさっている。僕にはとても君を救う事はできない。僕の力は僕よりのろいものになら、あるいは及ぼし得るかも知れない。しかし僕より聡明な君には全く無効である。要するに君はせてたけが長く生れた男で、僕は肥えてずんぐり育った人間なんだ。僕の真似をしてふとろうと思うなら、君は君の背丈せいちぢめるよりほかにみちはないんだろう」兄さんは眼からぽろぽろ涙を出しました。「僕は明かに絶対の境地を認めている。しかし僕の世界観が明かになればなるほど、絶対は僕と離れてしまう。要するに僕はひらいて地理を調査する人だったのだ。それでいて脚絆きゃはんを着けて山河さんか跋渉ばっしょうする実地の人と、同じ経験をしようと焦慮あせり抜いているのだ。僕は迂濶うかつなのだ。僕は矛盾なのだ。しかし迂濶と知り矛盾と知りながら、依然としてもがいている。僕は馬鹿だ。人間としての君は遥に僕よりも偉大だ」兄さんはまた私の前に手を突きました。そうしてあたかも謝罪でもする時のように頭を下げました。涙がぽたりぽたりと兄さんの眼から落ちました。私は恐縮しました。

四十六

箱根を出る時兄さんは「二度とこんな所は御免ごめんだ」と云いました。今まで通って来たうちで、兄さんの気に入った所はまだ一カ所もありません。兄さんは誰とどこへ行ってもすぐいやになる人なのでしょう。それもそのはずです。兄さんには自分の身躯からだや自分の心からしてがすでに気に入っていないのですから。兄さんは自分の身躯や心が自分を裏切うらぎ曲者くせもののように云います。それが徒爾いたずら半分の出放題でほうだいでない事は、今日きょうまでいっしょに寝泊ねとまりの日数ひかずを重ねた私にはよく理解できます。その私からありのままの報知を受けるあなたにもとくと御合点ごがてんが行く事だろうと思います。こういう兄さんと、私がよくいっしょに旅ができると御思いになるかも知れません。私にも考えると、それが不思議なくらいです。兄さんをかみに述べたように頭の中へ畳み込んだが最後、いかに遅鈍ちどんな私だって、御相手はできにくい訳です。しかし事実私は今兄さんとこうして差向いで暮していながら、さほどに苦痛を感じてはいないのです。少くともはたで想像するよりはよほど楽なのだろうと考えています。そうしてそれをなぜだと聞かれたら、ちょっと返答に差支さしつかえるのです。あなたも同じ兄さんについて同じ経験をなさりはしませんか。もし同じ経験をなさらないならば、骨肉を分けたあなたよりも、他人の私の方が、兄さんに親しい性質をもって生れて来たのでしょう。親しいというのは、ただ仲が好いと云う意味ではありません。しておさまるべき特性をどこか相互に分担ぶんたんして前へ進めるというつもりなのです。私は旅へ出てから絶えず兄さんの気にさわるような事を云ったりしたりしました。ある時は頭さえたれました。それでも私はあなたの家庭のすべての人の前に立って、私はまだ兄さんから愛想を尽かされていないという事を明言できると思います。同時に、一種の弱点を持ったこの兄さんを、私は今でも衷心ちゅうしんから敬愛していると固く信じて疑わないのであります。兄さんは私のような凡庸ぼんような者の前に、頭を下げて涙を流すほどの正しい人です。それをあえてするほどの勇気をもった人です。それをあえてするのが当然だと判断するだけの識見をそなえた人です。兄さんの頭は明か過ぎて、ややともすると自分を置き去りにして先へ行きたがります。心のほかの道具が彼の理智と歩調を一つにして前へ進めないところに、兄さんの苦痛があるのです。人格から云えばそこに隙間すきまがあるのです。成功から云えばそこに破滅がひそんでいるのです。この不調和を兄さんのために悲しみつつある私は、すべての原因をあまりに働き過ぎる彼の理智の罪にしながら、やっぱり、その理智に対する敬意を失う事ができないのです。兄さんをただの気むずかしい人、ただのわがままな人とばかり解釈していては、いつまでっても兄さんに近寄る機会は来ないかも知れません。したがって少しでも兄さんの苦痛をやわらげる縁は、永劫えいごうに去ったものと見なければなりますまい。我々はぜん申した通り箱根を立ちました。そうしてすぐにこのべにやつの小別荘に入りました。私はその前ちょっと国府津こうづに泊って見るつもりで、あん一人ひとりぎめのプログラムを立てていたのですが、とうとう兄さんにはそれを云い出さずにしまったのです。国府津でもまた「二度とこんな所は御免ごめんだ」と怒られそうでしたから。その上兄さんは私からこの別荘の話を聞いて、しきりにそこへ落ちつきたがっていたのです。

四十七

何にでも刺戟しげきされやすい癖に、どんな刺戟にもえ切れないと云った風の、今の兄さんには、草庵そうあんめいたこの別荘が最も適していたのかも知れません。兄さんは物静かな座敷から、谷一つ隔てて向うのがけの高い松を見上げた時、「好いな」と云ってそこへ腰をおろしました。「あの松も君の所有だ」私は慰めるような句調で、わざと兄さんの口吻こうふんを真似て見せました。修善寺ではとんと解らなかった「あの百合ゆりは僕の所有だ」とか、「あの山も谷も僕の所有だ」とか云った兄さんの言葉をおもい出したからです。別荘には留守番るすばんじいさんが一人いましたが、これは我々と出違でちがいに自分のうちへ帰りました。それでも拭掃除ふきそうじのためや水を汲むために朝夕あさゆう一度ぐらいずつは必ず来てくれます。男二人の事ですから、煮炊にたきは無論できません。我々は爺さんに頼んで近所の宿屋から三度三度食事を運んで貰う事にしました。夜は電灯の設備がありますから、洋灯ランプとも手数てかずらないのです。こういう訳で、朝起きてから夜寝るまでに、我々の是非やらなければならない事は、まあ床を延べて蚊帳かやを釣るくらいなものです。「自炊よりも気楽で閑静だね」と兄さんが云います。実際今まで通って来た山や海のうちで、ここが一番しずかに違ないのです。兄さんと差向いで黙っていると、風の音さえ聞こえない事があります。多少やかましいと思うのは珊瑚樹さんごじゅの葉隠れにぎいぎいきしる隣の車井戸くるまいどの響ですが、兄さんは案外それには無頓着むとんじゃくです。兄さんはだんだん落ちついて来るようです。私はもっと早く兄さんをここへ連れて来れば好かったと思いました。庭先に少しばかりのはたけがあって、そこに茄子なすとうもろこしが作ってあります。この茄子をいで食おうかと相談しましたが、漬物つけものこしらえるのが面倒なので、ついやめにしました。唐もろこしはまだ食べられるほど実が入りません。勝手口の井戸のそばに、トマトーが植えてあります。それを朝、顔を洗うついでに、二人で食いました。兄さんは暑い日盛ひざかりに、この庭だか畑だか分らない地面の上に下りて、じっと蹲踞しゃがんでいる事があります。時々かんなの花のにおいいで見たりします。かんなに香なんかありゃしません。しぼんだ月見草の花片はなびらを見つめている事もあります。着いた日などは左隣の長者ちょうじゃの別荘の境に生えているすすきの傍へ行って、長い間立っていました。私は座敷からその様子を眺めていましたが、いつまでっても兄さんが動かないので、しまいに縁先にある草履ぞうりをつっかけて、わざわざ傍へ行って見ました。隣と我々の住居すまいとの仕切になっているそこは、高さ一間ぐらいの土堤どてで、時節柄じせつがら一面のすすきおおかぶさっているのです。兄さんは近づいた私を顧みて、下の方にある薄の根を指さしました。薄の根にはかにっていました。小さな蟹でした。親指の爪ぐらいの大きさしかありません。それが一匹ではないのです。しばらく見ているうちに、一匹が二匹になり、二匹が三匹になるのです。しまいにはあすこにもここにも蒼蠅うるさいほど眼に着き出します。「薄の葉を渡るやつがあるよ」兄さんはこんな観察をして、まだ動かずに立っています。私は兄さんをそこへ残してまたもとの席へ帰りました。兄さんがこういう些細ささいな事に気を取られて、ほとんど我を忘れるのを見る私は、はなはだ愉快です。これでこそ兄さんを旅行に連れ出した甲斐かいがあると思うくらいです。その晩私はその意味を兄さんに話しました。

四十八

先刻さっき君は蟹を所有していたじゃないか」私が兄さんに突然こう云いかけますと、兄さんは珍らしくあははと声を立てて愉快そうに笑いました。修善寺以後、私が時々所有という言葉を、妙な意味に使って見せるので、単にそれを滑稽こっけいと解釈している兄さんにはおかしく響くのでしょう。おかしがられるのは、怒られるよりもよっぽどましですが、事実私の方ではもっと真面目まじめなのでした。「絶対に所有していたのだろう」と私はすぐ云い直しました。今度は兄さんも笑いませんでした。しかしまだ何とも答えません。口を開くのはやはり私の番でした。「君は絶対絶対と云って、この間むずかしい議論をしたが、何もそう面倒な無理をして、絶対なんかに這入はいる必要はないじゃないか。ああいう風に蟹に見惚みとれてさえいれば、少しも苦しくはあるまいがね。まず絶対を意識して、それからその絶対が相対に変る刹那せつなとらえて、そこに二つの統一を見出すなんて、ずいぶん骨が折れるだろう。第一人間にできる事か何だかそれさえ判然しやしない」兄さんはまだ私をさえぎろうとはしません。いつもよりはだいぶ落ちついているようでした。私は一歩先へ進みました。「それよりぎゃくに行った方が便利じゃないか」「逆とは」こう聞き返す兄さんの眼には誠が輝いていました。「つまり蟹に見惚れて、自分を忘れるのさ。自分と対象とがぴたりと合えば、君の云う通りになるじゃないか」「そうかな」兄さんは心元こころもとなさそうな返事をしました。「そうかなって、君は現に実行しているじゃないか」「なるほど」兄さんのこの言葉はやはり茫然ぼうぜんたるものでした。私はこの時ふと自分が今まで余計な事を云っていたのに気がつきました。実を云うと、私は絶対というものをまるで知らないのです。考えもしなかったのです。想像もしたおぼえがないのです。ただ教育の御蔭おかげでそう云う言葉を使う事だけを知っていたのです。けれども私は人間として兄さんよりも落ちついていました。落ちついているという事が兄さんより偉いという意味に聞こえては面目ないくらいなものですから、私は兄さんより普通一般に近い心の状態をもっていたと云い直しましょう。朋友ほうゆうとして私の兄さんに向って働きかける仕事は、だからただ兄さんを私のような人並な立場に引き戻すだけなのです。しかしそれを別な言葉で云って見ると非凡ひぼんなものを平凡へいぼんにするという馬鹿気た意味にもなって来ます。もし兄さんの方で苦痛の訴えがないならば、私のようなものが、何で兄さんにこんな問答を仕かけましょう。兄さんは正直です。に落ちなければどこまでも問いつめて来ます。問いつめて来られれば、私には解らなくなります。それだけならまだしもですが、こういう批評的な談話を交換していると、せっかく実行的になりかけた兄さんを、またもとの研究的態度に戻してしまう恐れがあるのです。私は何より先にそれを気遣きづかいました。私は天下にありとあらゆる芸術品、高山大河こうざんたいがもしくは美人、何でも構わないから、兄さんの心を悉皆しっかい奪い尽して、少しの研究的態度もきざし得ないほどなものを、兄さんに与えたいのです。そうして約一年ばかり、寸時の間断なく、その全勢力の支配を受けさせたいのです。兄さんのいわゆる物を所有するという言葉は、必竟ひっきょう物に所有されるという意味ではありませんか。だから絶対に物から所有される事、すなわち絶対に物を所有する事になるのだろうと思います。神を信じない兄さんは、そこに至って始めて世の中に落ちつけるのでしょう。

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