十五
三沢の氷嚢は依然としてその日も胃の上に在った。「まだ氷で冷やしているのか」自分はいささか案外な顔をしてこう聞いた。三沢にはそれが友達甲斐もなく響いたのだろう。「鼻風邪じゃあるまいし」と云った。自分は看護婦の方を向いて、「昨夕は御苦労さま」と一口礼を述べた。看護婦は色の蒼い膨れた女であった。顔つきが絵にかいた座頭に好く似ているせいか、普通彼らの着る白い着物がちっとも似合わなかった。岡山のもので、小さい時膿毒性とかで右の眼を悪くしたんだと、こっちで尋ねもしない事を話した。なるほどこの女の一方の眼には白い雲がいっぱいにかかっていた。「看護婦さん、こんな病人に優しくしてやると何を云い出すか分らないから、好加減にしておくがいいよ」自分は面白半分わざと軽薄な露骨を云って、看護婦を苦笑させた。すると三沢が突然「おい氷だ」と氷嚢を持ち上げた。廊下の先で氷を割る音がした時、三沢はまた「おい」と云って自分を呼んだ。「君には解るまいが、この病気を押していると、きっと潰瘍になるんだ。それが危険だから僕はこうじっとして氷嚢を載せているんだ。ここへ入院したのも、医者が勧めたのでも、宿で周旋して貰ったのでもない。ただ僕自身が必要と認めて自分で入ったのだ。酔興じゃないんだ」自分は三沢の医学上の智識について、それほど信を置き得なかった。けれどもこう真面目に出られて見ると、もう交ぜ返す勇気もなかった。その上彼のいわゆる潰瘍とはどんなものか全く知らなかった。自分は起って窓側へ行った。そうして強い光に反射して、乾いた土の色を見せている暗がり峠を望んだ。ふと奈良へでも遊びに行って来ようかという気になった。「君その様子じゃ当分約束を履行する訳にも行かないだろう」「履行しようと思って、これほどの養生をしているのさ」三沢はなかなか強情の男であった。彼の強情につき合えば、彼の健康が旅行に堪え得るまで自分はこの暑い都の中で蒸されていなければならなかった。「だって君の氷嚢はなかなか取れそうにないじゃないか」「だから早く癒るさ」自分は彼とこういう談話を取り換わせているうちに、彼の強情のみならず、彼のわがままな点をよく見て取った。同時に一日も早く病人を見捨てて行こうとする自分のわがままもまたよく自分の眼に映った。「君大阪へ着いたときはたくさん伴侶があったそうじゃないか」「うん、あの連中と飲んだのが悪かった」彼の挙げた姓名のうちには、自分の知っているものも二三あった。三沢は彼らと名古屋からいっしょの汽車に乗ったのだが、いずれも馬関とか門司とか福岡とかまで行く人であるにかかわらず久しぶりだからというので、皆な大阪で降りて三沢と共に飯を食ったのだそうである。自分はともかくももう二三日いて病人の経過を見た上、どうとかしようと分別した。
十六
その間自分は三沢の付添のように、昼も晩も大抵は病院で暮した。孤独な彼は実際毎日自分を待受けているらしかった。それでいて顔を合わすと、けっして礼などは云わなかった。わざわざ草花を買って持って行ってやっても、憤と膨れている事さえあった。自分は枕元で書物を読んだり、看護婦を相手にしたり、時間が来ると病人に薬を呑ませたりした。朝日が強く差し込む室なので、看護婦を相手に、寝床を影の方へ移す手伝もさせられた。自分はこうしているうちに、毎日午前中に回診する院長を知るようになった。院長は大概黒のモーニングを着て医員と看護婦を一人ずつ随えていた。色の浅黒い鼻筋の通った立派な男で、言葉遣いや態度にも容貌の示すごとく品格があった。三沢は院長に会うと、医学上の知識をまるでもっていない自分たちと同じような質問をしていた。「まだ容易に旅行などはできないでしょうか」「潰瘍になると危険でしょうか」「こうやって思い切って入院した方が、今考えて見るとやっぱり得策だったんでしょうか」などと聞くたびに院長は「ええまあそうです」ぐらいな単簡な返答をした。自分は平生解らない術語を使って、他を馬鹿にする彼が、院長の前でこう小さくなるのを滑稽に思った。彼の病気は軽いような重いような変なものであった。宅へ知らせる事は当人が絶対に不承知であった。院長に聞いて見ると、嘔気が来なければ心配するほどの事もあるまいが、それにしてももう少しは食慾が出るはずだと云って、不思議そうに考え込んでいた。自分は去就に迷った。自分が始めて彼の膳を見たときその上には、生豆腐と海苔と鰹節の肉汁が載っていた。彼はこれより以上箸を着ける事を許されなかったのである。自分はこれでは前途遼遠だと思った。同時にその膳に向って薄い粥を啜る彼の姿が変に痛ましく見えた。自分が席を外して、つい近所の洋食屋へ行って支度をして帰って来ると、彼はきっと「旨かったか」と聞いた。自分はその顔を見てますます気の毒になった。「あの家はこの間君と喧嘩した氷菓子を持って来る家だ」三沢はこういって笑っていた。自分は彼がもう少し健康を回復するまで彼の傍にいてやりたい気がした。しかし宿へ帰ると、暑苦しい蚊帳の中で、早く涼しい田舎へ行きたいと思うことが多かった。この間の晩女と話をして人の眠を妨げた隣の客はまだ泊っていた。そうして自分の寝ようとする頃に必ず酒気を帯びて帰って来た。ある時は宿で酒を飲んで、芸者を呼べと怒鳴っていた。それを下女がさまざまにごまかそうとしてしまいには、あの女はあなたの前へ出ればこそ、あんな愛嬌をいうものの、蔭ではあなたの悪口ばかり並べるんだから止めろと忠告していた。すると客は、なにおれの前へ出た時だけ御世辞を云ってくれりゃそれで嬉しいんだ、蔭で何と云ったって聞えないから構わないと答えていた。ある時はこれも芸者が何か真面目な話を持ち込んで来たのを、今度は客の方でごまかそうとして、その芸者から他の話を「じゃん、じゃか、じゃん」にしてしまうと云って怒られていた。自分はこんな事で安眠を妨害されて、実際迷惑を感じた。
十七
そんなこんなで好く眠られなかった朝、もう看病は御免蒙るという気で、病院の方へ橋を渡った。すると病人はまだすやすや眠っていた。三階の窓から見下すと、狭い通なので、門前の路が細く綺麗に見えた。向側は立派な高塀つづきで、その一つの潜りの外へ主人らしい人が出て、如露で丹念に往来を濡らしていた。塀の内には夏蜜柑のような深緑の葉が瓦を隠すほど茂っていた。院内では小使が丁字形の棒の先へ雑巾を括り付けて廊下をぐんぐん押して歩いた。雑巾をゆすがないので、せっかく拭いた所がかえって白く汚れた。軽い患者はみな洗面所へ出て顔を洗った。看護婦の払塵の声がここかしこで聞こえた。自分は枕を借りて、三沢の隣の空室へ、昨夕の睡眠不足を補いに入った。その室も朝日の強く当る向にあるので、一寝入するとすぐ眼が覚めた。額や鼻の頭に汗と油が一面に浮き出しているのも不愉快だった。自分はその時岡田から電話口へ呼ばれた。岡田が病院へ電話をかけたのはこれで三度目である。彼はきまりきって、「御病人の御様子はどうです」と聞く。「二三日中是非伺います」という。「何でも御用があるなら御遠慮なく」という。最後にきっとお兼さんの事を一口二口つけ加えて、「お兼からもよろしく」とか、「是非お遊びにいらっしゃるように妻も申しております」とか、「うちの方が忙がしいんで、つい御無沙汰をしています」とか云う。その日も岡田の話はいつもの通りであった。けれども一番しまいに、「今から一週間内……と断定する訳には行かないが、とにかくもう少しすると、あなたをちょいと驚かせる事が出て来るかも知れませんよ」と妙な事を仄めかした。自分は全く想像がつかないので、全体どんな話なんですかと二三度聞き返したが、岡田は笑いながら、「もう少しすれば解ります」というぎりなので、自分もとうとうその意味を聞かないで、三沢の室へ帰って来た。「また例の男かい」と三沢が云った。自分は今の岡田の電話が気になって、すぐ大阪を立つ話を持ち出す心持になれなかった。すると思いがけない三沢の方から「君もう大阪は厭になったろう。僕のためにいて貰う必要はないから、どこかへ行くなら遠慮なく行ってくれ」と云い出した。彼はたとい病院を出る場合が来ても、むやみな山登りなどは当分慎まなければならないと覚ったと説明して聞かせた。「それじゃ僕の都合の好いようにしよう」自分はこう答えてしばらく黙っていた。看護婦は無言のまま室の外に出て行った。自分はその草履の音の消えるのを聞いていた。それから小さい声をして三沢に、「金はあるか」と尋ねた。彼は己れの病気をまだ己れの家に知らせないでいる。それにたった一人の知人たる自分が、彼の傍を立ち退いたら、精神上よりも物質的に心細かろうと自分は懸念した。「君に才覚ができるのかい」と三沢は聞いた。「別に目的もないが」と自分は答えた。「例の男はどうだい」と三沢が云った。「岡田か」と自分は少し考え込んだ。三沢は急に笑い出した。「何いざとなればどうかなるよ。君に算段して貰わなくっても。金はあるにはあるんだから」と云った。
十八
金の事はついそれなりになった。自分は岡田へ金を借りに行く時の思いを想像すると実際厭だった。病気に罹った友達のためだと考えても、少しも進む気はしなかった。その代りこの地を立つとも立たないとも決心し得ないでぐずぐずした。岡田からの電話はかかって来た時大に自分の好奇心を動揺させたので、わざわざ彼に会って真相を聞き糺そうかと思ったけれども、一晩経つとそれも面倒になって、ついそのままにしておいた。自分は依然として病院の門を潜ったり出たりした。朝九時頃玄関にかかると、廊下も控所も外来の患者でいっぱいに埋っている事があった。そんな時には世間にもこれほど病人があり得るものかとわざと驚いたような顔をして、彼らの様子を一順見渡してから、梯子段に足をかけた。自分が偶然あの女を見出だしたのは全くこの一瞬間にあった。あの女というのは三沢があの女あの女と呼ぶから自分もそう呼ぶのである。あの女はその時廊下の薄暗い腰掛の隅に丸くなって横顔だけを見せていた。その傍には洗髪を櫛巻にした背の高い中年の女が立っていた。自分の一瞥はまずその女の後姿の上に落ちた。そうして何だかそこにぐずぐずしていた。するとその年増が向うへ動き出した。あの女はその年増の影から現われたのである。その時あの女は忍耐の像のように丸くなってじっとしていた。けれども血色にも表情にも苦悶の迹はほとんど見えなかった。自分は最初その横顔を見た時、これが病人の顔だろうかと疑った。ただ胸が腹に着くほど背中を曲げているところに、恐ろしい何物かが潜んでいるように思われて、それがはなはだ不快であった。自分は階段を上りつつ、「あの女」の忍耐と、美しい容貌の下に包んでいる病苦とを想像した。三沢は看護婦から病院のAという助手の話を聞かされていた。このAさんは夜になって閑になると、好く尺八を吹く若い男であった。独身もので病院に寝泊りをして、室は三沢と同じ三階の折れ曲った隅にあった。この間まで始終上履の音をぴしゃぴしゃ云わして歩いていたが、この二三日まるで顔を見せないので、三沢も自分も、どうかしたのかねぐらいは噂し合っていたのである。看護婦はAさんが時々跛を引いて便所へ行く様子がおかしいと云って笑った。それから病院の看護婦が時々ガーゼと金盥を持ってAさんの部屋へ入って行くところを見たとも云った。三沢はそういう話に興味があるでもなく、また無いでもないような無愛嬌な顔をして、ただ「ふん」とか「うん」とか答えていた。彼はまた自分にいつまで大阪にいるつもりかと聞いた。彼は旅行を断念してから、自分の顔を見るとよくこう云った。それが自分には遠慮がましくかつ催促がましく聞こえてかえって厭であった。「僕の都合で帰ろうと思えばいつでも帰るさ」「どうかそうしてくれ」自分は立って窓から真下を見下した。「あの女」はいくら見ていても門の外へ出て来なかった。「日の当る所へわざわざ出て何をしているんだ」と三沢が聞いた。「見ているんだ」と自分は答えた。「何を見ているんだ」と三沢が聞き返した。

