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河童・芥川龍之介

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僕はこの先を話す前にちょっと河童というものを説明しておかなければなりません。河童はいまだに実在するかどうかも疑問になっている動物です。が、それは僕自身が彼らの間に住んでいた以上、少しも疑う余地はないはずです。ではまたどういう動物かと言えば、頭に短い毛のあるのはもちろん、手足に水掻みずかきのついていることも「水虎考略すいここうりゃくなどに出ているのと著しい違いはありません。身長もざっと一メエトルを越えるか越えぬくらいでしょう。体重は医者のチャックによれば、二十ポンドから三十ポンドまで、――まれには五十何ポンドぐらいの大河童おおかっぱもいると言っていました。それから頭のまん中には楕円形だえんけいさらがあり、そのまた皿は年齢により、だんだんかたさを加えるようです。現に年をとったバッグの皿は若いチャックの皿などとは全然手ざわりも違うのです。しかし一番不思議なのは河童の皮膚の色のことでしょう。河童は我々人間のように一定の皮膚の色を持っていません。なんでもその周囲の色と同じ色に変わってしまう、――たとえば草の中にいる時には草のように緑色に変わり、岩の上にいる時には岩のように灰色に変わるのです。これはもちろん河童に限らず、カメレオンにもあることです。あるいは河童は皮膚組織の上に何かカメレオンに近いところを持っているのかもしれません。僕はこの事実を発見した時、西国さいこくの河童は緑色であり、東北とうほくの河童は赤いという民俗学上の記録を思い出しました。のみならずバッグを追いかける時、突然どこへ行ったのか、見えなくなったことを思い出しました。しかも河童は皮膚の下によほど厚い脂肪を持っているとみえ、この地下の国の温度は比較的低いのにもかかわらず、(平均華氏かっし五十度前後です。)着物というものを知らず[#「知らず」は底本では「知らす」]にいるのです。もちろんどの河童も目金めがねをかけたり、巻煙草まきたばこの箱を携えたり、金入かねいれを持ったりはしているでしょう。しかし河童はカンガルウのように腹に袋を持っていますから、それらのものをしまう時にも格別不便はしないのです。ただ僕におかしかったのは腰のまわりさえおおわないことです。僕はある時この習慣をなぜかとバッグに尋ねてみました。すると[#「すると」は底本では「ずると」]バッグはのけぞったまま、いつまでもげらげら笑っていました。おまけに「わたしはお前さんの隠しているのがおかしい」と返事をしました。

僕はだんだん河童の使う日常の言葉を覚えてきました。従って河童の風俗や習慣ものみこめるようになってきました。その中でも一番不思議だったのは河童は我々人間の真面目まじめに思うことをおかしがる、同時に我々人間のおかしがることを真面目に思う――こういうとんちんかんな習慣です。たとえば我々人間は正義とか人道とかいうことを真面目に思う、しかし河童はそんなことを聞くと、腹をかかえて笑い出すのです。つまり彼らの滑稽こっけいという観念は我々の滑稽という観念と全然標準をことにしているのでしょう。僕はある時医者のチャックと産児制限の話をしていました。するとチャックは大口をあいて、鼻目金はなめがねの落ちるほど笑い出しました。僕はもちろん腹が立ちましたから、何がおかしいかと詰問しました。なんでもチャックの返答はだいたいこうだったように覚えています。もっとも多少細かいところは間違まちがっているかもしれません。なにしろまだそのころは僕も河童の使う言葉をすっかり理解していなかったのですから。「しかし両親のつごうばかり考えているのはおかしいですからね。どうもあまり手前勝手ですからね。」その代わりに我々人間から見れば、実際また河童かっぱのお産ぐらい、おかしいものはありません。現に僕はしばらくたってから、バッグの細君のお産をするところをバッグの小屋へ見物にゆきました。河童もお産をする時には我々人間と同じことです。やはり医者や産婆さんばなどの助けを借りてお産をするのです。けれどもお産をするとなると、父親は電話でもかけるように母親の生殖器に口をつけ、「お前はこの世界へ生まれてくるかどうか、よく考えた上で返事をしろ。」と大きな声で尋ねるのです。バッグもやはりひざをつきながら、何度も繰り返してこう言いました。それからテエブルの上にあった消毒用の水薬すいやくでうがいをしました。すると細君の腹の中の子は多少気兼ねでもしているとみえ、こう小声に返事をしました。「僕は生まれたくはありません。第一僕のおとうさんの遺伝は精神病だけでもたいへんです。その上僕は河童的存在を悪いと信じていますから。」バッグはこの返事を聞いた時、てれたように頭をかいていました。が、そこにい合わせた産婆はたちまち細君の生殖器へ太い硝子ガラスかんを突きこみ、何か液体を注射しました。すると細君はほっとしたように太い息をもらしました。同時にまた今まで大きかった腹は水素瓦斯すいそガスを抜いた風船のようにへたへたと縮んでしまいました。こういう返事をするくらいですから、河童の子どもは生まれるが早いか、もちろん歩いたりしゃべったりするのです。なんでもチャックの話では出産後二十六日目に神の有無うむについて講演をした子どももあったとかいうことです。もっともその子どもは二月目ふたつきめには死んでしまったということですが。お産の話をしたついでですから、僕がこの国へ来た三月目みつきめに偶然あるまちかどで見かけた、大きいポスタアの話をしましょう。その大きいポスタアの下には喇叭らっぱを吹いている河童だの剣を持っている河童だのが十二三匹いてありました。それからまた上には河童の使う、ちょうど時計とけいのゼンマイに似た螺旋らせん文字が一面に並べてありました。この螺旋文字を翻訳すると、だいたいこういう意味になるのです。これもあるいは細かいところは間違まちがっているかもしれません。が、とにかく僕としては僕といっしょに歩いていた、ラップという河童の学生が大声に読み上げてくれる言葉をいちいちノオトにとっておいたのです。

遺伝的義勇隊をつのる※[#感嘆符三つ、63-8]、健全なる男女の河童よ※[#感嘆符三つ、63-9]、悪遺伝を撲滅ぼくめつするために、不健全なる男女の河童と結婚せよ※[#感嘆符三つ、63-11]

僕はもちろんその時にもそんなことの行なわれないことをラップに話して聞かせました。するとラップばかりではない、ポスタアの近所にいた河童はことごとくげらげら笑い出しました。「行なわれない?だってあなたの話ではあなたがたもやはり我々のように行なっていると思いますがね。あなたは令息が女中にれたり、令嬢が運転手に惚れたりするのはなんのためだと思っているのです?あれは皆無意識的に悪遺伝を撲滅しているのですよ。第一この間あなたの話したあなたがた人間の義勇隊よりも、――一本の鉄道を奪うために互いに殺し合う義勇隊ですね、――ああいう義勇隊に比べれば、ずっと僕たちの義勇隊は高尚ではないかと思いますがね。」ラップは真面目まじめにこう言いながら、しかも太い腹だけはおかしそうに絶えず浪立なみだたせていました。が、僕は笑うどころか、あわててある河童かっぱをつかまえようとしました。それは僕の油断を見すまし、その河童が僕の万年筆を盗んだことに気がついたからです。しかし皮膚のなめらかな河童は容易に我々にはつかまりません。その河童もぬらりとすべり抜けるが早いかいっさんに逃げ出してしまいました。ちょうど蚊のようにやせたからだを倒れるかと思うくらいのめらせながら。

僕はこのラップという河童にバッグにも劣らぬ世話になりました。が、その中でも忘れられないのはトックという河童に紹介されたことです。トックは河童仲間の詩人です。詩人が髪を長くしていることは我々人間と変わりません。僕は時々トックのうちへ退屈しのぎに遊びにゆきました。トックはいつも狭い部屋へやに高山植物の鉢植はちうえを並べ、詩を書いたり煙草たばこをのんだり、いかにも気楽そうに暮らしていました。そのまた部屋のすみにはめすの河童が一匹、(トックは自由恋愛家ですから、細君というものは持たないのです。)編み物か何かしていました。トックは僕の顔を見ると、いつも微笑してこう言うのです。(もっとも河童の微笑するのはあまりいいものではありません。少なくとも僕は最初のうちはむしろ無気味に感じたものです。)「やあ、よく来たね。まあ、その椅子いすにかけたまえ。」トックはよく河童の生活だの河童の芸術だのの話をしました。トックの信ずるところによれば、当たり前の河童の生活ぐらい、莫迦ばかげているものはありません。親子夫婦兄弟などというのはことごとく互いに苦しめ合うことを唯一の楽しみにして暮らしているのです。ことに家族制度というものは莫迦げている以上にも莫迦げているのです。トックはある時窓の外を指さし、「見たまえ。あの莫迦げさ加減を!」と吐き出すように言いました。窓の外の往来にはまだ年の若い河童が一匹、両親らしい河童をはじめ、七八匹の雌雄めすおすの河童をくびのまわりへぶら下げながら、息も絶え絶えに歩いていました。しかし僕は年の若い河童の犠牲的精神に感心しましたから、かえってその健気けなげさをほめ立てました。「ふん、君はこの国でも市民になる資格を持っている。……時に君は社会主義者かね?」僕はもちろん qua(これは河童の使う言葉では「しかり」という意味を現わすのです。)と答えました。「では百人の凡人のために甘んじてひとりの天才を犠牲にすることも顧みないはずだ。」「では君は何主義者だ?だれかトック君の信条は無政府主義だと言っていたが、……」「僕か?僕は超人(直訳すれば超河童です。)だ。」トックは昂然こうぜんと言い放ちました。こういうトックは芸術の上にも独特な考えを持っています。トックの信ずるところによれば、芸術は何ものの支配をも受けない、芸術のための芸術である、従って芸術家たるものは何よりも先に善悪をぜっした超人でなければならぬというのです。もっともこれは必ずしもトック一匹の意見ではありません。トックの仲間の詩人たちはたいてい同意見を持っているようです。現に僕はトックといっしょにたびたび超人倶楽部クラブへ遊びにゆきました。超人倶楽部に集まってくるのは詩人、小説家、戯曲家、批評家、画家、音楽家、彫刻家、芸術上の素人しろうと等です。しかしいずれも超人です。彼らは電燈の明るいサロンにいつも快活に話し合っていました。のみならず時には得々とくとくと彼らの超人ぶりを示し合っていました。たとえばある彫刻家などは大きい鬼羊歯おにしだ鉢植はちうえの間に年の若い河童かっぱをつかまえながら、しきりに男色だんしょくをもてあそんでいました。またあるめすの小説家などはテエブルの上に立ち上がったなり、アブサントを六十本飲んで見せました。もっともこれは六十本目にテエブルの下へころげ落ちるが早いか、たちまち往生してしまいましたが。僕はある月のいい晩、詩人のトックとひじを組んだまま、超人倶楽部から帰ってきました。トックはいつになく沈みこんでひとことも口をきかずにいました。そのうちに僕らはかげのさした、小さい窓の前を通りかかりました。そのまた窓の向こうには夫婦らしい雌雄めすおすの河童が二匹、三匹の子どもの河童といっしょに晩餐ばんさんのテエブルに向かっているのです。するとトックはため息をしながら、突然こう僕に話しかけました。「僕は超人的恋愛家だと思っているがね、ああいう家庭の容子ようすを見ると、やはりうらやましさを感じるんだよ。」「しかしそれはどう考えても、矛盾しているとは思わないかね?」けれどもトックは月明りの下にじっと腕を組んだまま、あの小さい窓の向こうを、――平和な五匹の河童たちの晩餐のテエブルを見守っていました。それからしばらくしてこう答えました。「あすこにある玉子焼きはなんと言っても、恋愛などよりも衛生的だからね。」

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