九十
時間はいつか十二時を過ぎていた。お延はまたお時の給仕で独り膳に向った。それは津田の会社へ出た留守に、二人が毎日繰り返す日課にほかならなかった。けれども今日のお延はいつものお延ではなかった。彼女の様子は剛張っていた。そのくせ心は纏まりなく動いていた。先刻出かけようとして着換えた着物まで、平生と違ったよそゆきの気持を余分に添える媒介となった。もし今の自分に触れる問題が、お時の口から洩れなかったなら、お延はついに一言も云わずに、食事を済ましてしまったかも知れなかった。その食事さえ、実を云うと、まるで気が進まなかったのを、お時に疑ぐられるのが厭さに、ほんの形式的に片づけようとして、膳に着いただけであった。お時も何だか遠慮でもするように、わざと談話を控えていた。しかしお延が一膳で箸を置いた時、ようやく「どうか遊ばしましたか」と訊いた。そうしてただ「いいえ」という返事を受けた彼女は、すぐ膳を引いて勝手へ立たなかった。「どうもすみませんでした」彼女は自分の専断で病院へ行った詫を述べた。お延はお延でまた彼女に尋ねたい事があった。「先刻はずいぶん大きな声を出したでしょう。下女部屋の方まで聞こえたかい」「いいえ」お延は疑りの眼をお時の上に注いだ。お時はそれを避けるようにすぐ云った。「あのお客さまは、ずいぶん――」しかしお延は何にも答えなかった。静かに後を待っているだけなので、お時は自分の方で後をつけなければならなかった。二人の談話はこれが緒口で先へ進んだ。「旦那様は驚ろいていらっしゃいました。ずいぶんひどい奴だって。こっちから取りに来いとも何とも云わないのに、断りもなく奥様と直談判を始めたり何かして、しかも自分が病院に入っている事をよく承知している癖にって」お延は軽蔑んだ笑いを微かに洩らした。しかし自分の批評は加えなかった。「まだほかに何かおっしゃりゃしなかったかい」「外套だけやって早く返せっておっしゃいました。それから奥さんと話しをしているかと御訊きになりますから、話しをしていらっしゃいますと申し上げましたら、大変厭な顔をなさいました」「そうかい。それぎりかい」「いえ、何を話しているのかと御訊きになりました」「それでお前は何とお答えをしたの」「別にお答えをしようがございませんから、それは存じませんと申し上げました」「そうしたら」「そうしたら、なお厭な顔をなさいました。いったい座敷なんかへむやみに上り込ませるのが間違っている――」「そんな事をおっしゃったの。だって昔からのお友達なら仕方がないじゃないの」「だから私もそう申し上げたのでございました。それに奥さまはちょうどお召換をしていらっしゃいましたので、すぐ玄関へおでになる訳に行かなかったのだからやむをえませんて」「そう。そうしたら」「そうしたら、お前はもと岡本さんにいただけあって、奥さんの事というと、何でも熱心に弁護するから感心だって、冷評かされました」お延は苦笑した。「どうも御気の毒さま。それっきり」「いえ、まだございます。小林は酒を飲んでやしなかったかとお訊きになるんです。私はよく気がつきませんでしたけれども、お正月でもないのに、まさか朝っぱらから酔払って、他の家へお客にいらっしゃる方もあるまいと思いましたから、――」「酔っちゃいらっしゃらないと云ったの」「ええ」お延はまだ後があるだろうという様子を見せた。お時は果して話をそこで切り上げなかった。「奥さま、あの旦那様が、帰ったらよく奥さまにそう云えとおっしゃいました」「なんと」「あの小林って奴は何をいうか分らない奴だ、ことに酔うとあぶない男だ。だから、あいつが何を云ってもけっして取り合っちゃいけない。まあみんな嘘だと思っていれば間違はないんだからって」「そう」お延はこれ以上何も云う気にならなかった。お時は一人でげらげら笑った。「堀の奥さまも傍で笑っていらっしゃいました」お延は始めて津田の妹が今朝病院へ見舞に来ていた事を知った。
九十一
お延より一つ年上のその妹は、もう二人の子持であった。長男はすでに四年前に生れていた。単に母であるという事実が、彼女の自覚を呼び醒ますには充分であった。彼女の心は四年以来いつでも母であった。母でない日はただの一日もなかった。彼女の夫は道楽ものであった。そうして道楽ものによく見受けられる寛大の気性を具えていた。自分が自由に遊び廻る代りに、細君にもむずかしい顔を見せない、と云ってむやみに可愛がりもしない。これが彼のお秀に対する態度であった。彼はそれを得意にしていた。道楽の修業を積んで始めてそういう境界に達せられるもののように考えていた。人世観という厳めしい名をつけて然るべきものを、もし彼がもっているとすれば、それは取りも直さず、物事に生温く触れて行く事であった。微笑して過ぎる事であった。何にも執着しない事であった。呑気に、ずぼらに、淡泊に、鷹揚に、善良に、世の中を歩いて行く事であった。それが彼のいわゆる通であった。金に不自由のない彼は、今までそれだけで押し通して来た。またどこへ行っても不足を感じなかった。この好成蹟がますます彼を楽天的にした。誰からでも好かれているという自信をもった彼は、無論お秀からも好かれているに違ないと思い込んでいた。そうしてそれは間違でも何でもなかった。実際彼はお秀から嫌われていなかったのである。器量望みで貰われたお秀は、堀の所へ片づいてから始めて夫の性質を知った。放蕩の酒で臓腑を洗濯されたような彼の趣もようやく解する事ができた。こんなに拘泥の少ない男が、また何の必要があって、是非自分を貰いたいなどと、真面目に云い出したものだろうかという不審さえ、すぐうやむやのうちに葬られてしまった。お延ほど根強くない彼女は、その意味を覚る前に、もう妻としての興味を夫から離して、母らしい輝やいた始めての眼を、新らしく生れた子供の上に注がなければならなくなった。お秀のお延と違うところはこれだけではなかった。お延の新世帯が夫婦二人ぎりで、家族は双方とも遠い京都に離れているのに反して、堀には母があった。弟も妹も同居していた。親類の厄介者までいた。自然の勢い彼女は夫の事ばかり考えている訳に行かなかった。中でも母には、他の知らない気苦労をしなければならなかった。器量望みで貰われただけあって、外側から見たお秀はいつまで経っても若かった。一つ年下のお延に比べて見てもやっぱり若かった。四歳の子持とはどうしても考えられないくらいであった。けれどもお延と違った家庭の事情の下に、過去の四五年を費やして来た彼女は、どこかにまたお延と違った心得をもっていた。お延より若く見られないとも限らない彼女は、ある意味から云って、たしかにお延よりも老けていた。言語態度が老けているというよりも、心が老けていた。いわば、早く世帯染みたのである。こういう世帯染みた眼で兄夫婦を眺めなければならないお秀には、常に彼らに対する不満があった。その不満が、何か事さえあると、とかく彼女を京都にいる父母の味方にしたがった。彼女はそれでもなるべく兄と衝突する機会を避けるようにしていた。ことに嫂に気下味い事をいうのは、直接兄に当るよりもなお悪いと思って、平生から慎しんでいた。しかし腹の中はむしろ反対であった。何かいう兄よりも何も云わないお延の方に、彼女はいつでも余分の非難を投げかけていた。兄がもしあれほど派手好きな女と結婚しなかったならばという気が、始終胸の底にあった。そうしてそれは身贔負に過ぎない、お延に気の毒な批判であるという事には、かつて思い至らなかった。お秀は自分の立場をよく承知しているつもりでいた。兄夫婦から煙たがられないまでも、けっして快よく思われていないぐらいの事には、気がついていた。しかし自分の立場を改めようという考は、彼女の頭のどこにも入って来なかった。第一には二人が厭がるからなお改めないのであった。自分の立場を厭がるのが、結局自分を厭がるのと同じ事に帰着してくるので、彼女はそこに反抗の意地を出したくなったのである。第二には正しいという良心が働らいていた。これはいくら厭がられても兄のためだと思えば構わないという主張であった。第三は単に派手好なお延が嫌だという一点に纏められてしまわなければならなかった。お延より余裕のある、またお延より贅沢のできる彼女にして、その点では自分以下のお延がなぜ気に喰わないのだろうか。それはお秀にとって何の問題にもならなかった。ただしお秀には姑があった。そうしてお延は夫を除けば全く自分自身の主人公であった。しかしお秀はこの問題に関聯してこの相違すら考えなかった。お秀がお延から津田の消息を電話で訊かされて、その翌日病院へ見舞に出かけたのは、お時の行く小一時間前、ちょうど小林が外套を受取ろうとして、彼の座敷へ上り込んだ時分であった。
九十二
前の晩よく寝られなかった津田は、その朝看護婦の運んで来てくれた膳にちょっと手を出したぎり、また仰向になって、昨夕の不足を取り返すために、重たい眼を閉っていた。お秀の入って来たのは、ちょうど彼がうとうとと半睡状態に入りかけた間際だったので、彼は襖の音ですぐ眼を覚ました。そうして病人に斟酌を加えるつもりで、わざとそれを静かに開けたお秀と顔を見合せた。こういう場合に彼らはけっして愛嬌を売り合わなかった。嬉しそうな表情も見せ合わなかった。彼らからいうと、それはむしろ陳腐過ぎる社交上の形式に過ぎなかった。それから一種の虚偽に近い努力でもあった。彼らには自分ら兄妹でなくては見られない、また自分ら以外の他人には通用し悪い黙契があった。どうせお互いに好く思われよう、好く思われようと意識して、上部の所作だけを人並に尽したところで、今さら始まらないんだから、いっそ下手に騙し合う手数を省いて、良心に背かない顔そのままで、面と向き合おうじゃないかという無言の相談が、多年の間にいつか成立してしまったのである。そうしてその良心に背かない顔というのは、取も直さず、愛嬌のない顔という事に過ぎなかった。第一に彼らは普通の兄妹として親しい間柄であった。だから遠慮の要らないという意味で、不愛嬌な挨拶が苦にならなかった。第二に彼らはどこかに調子の合わないところをもっていた。それが災の元で、互の顔を見ると、互に弾き合いたくなった。ふと首を上げてそこにお秀を見出した津田の眼には、まさにこうした二重の意味から来る不精と不関心があった。彼は何物をか待ち受けているように、いったんきっと上げた首をまた枕の上に横たえてしまった。お秀はまたお秀で、それにはいっこう頓着なく、言葉もかけずに、そっと室の内に入って来た。彼女は何より先にまず、枕元にある膳を眺めた。膳の上は汚ならしかった。横倒しに引ッ繰り返された牛乳の罎の下に、鶏卵の殻が一つ、その重みで押し潰されている傍に、歯痕のついた焼麺麭が食欠のまま投げ出されてあった。しかもほかにまだ一枚手をつけないのが、綺麗に皿の上に載っていた。玉子もまだ一つ残っていた。「兄さん、こりゃもう済んだの。まだ食べかけなの」実際津田の片づけかたは、どっちにでも取れるような、だらしのないものであった。「もう済んだんだよ」お秀は眉をひそめて、膳を階子段の上り口まで運び出した。看護婦の手が隙かなかったためか、いつまでも兄の枕元に取り散らかされている朝食の残骸は、掃除の行き届いた自分の家を今出かけて来たばかりの彼女にとって、あまり見っともいいものではなかった。「汚ならしい事」彼女は誰に小言を云うともなく、ただ一人こう云って元の座に帰った。しかし津田は黙って取り合わなかった。「どうしておれのここにいる事が知れたんだい」「電話で知らせて下すったんです」「お延がかい」「ええ」「知らせないでもいいって云ったのに」今度はお秀の方が取り合わなかった。「すぐ来ようと思ったんですけれども、あいにく昨日は少し差支えがあって――」お秀はそれぎり後を云わなかった。結婚後の彼女には、こういう風に物を半分ぎりしか云わない癖がいつの間にか出て来た。場合によると、それが津田には変に受取れた。「嫁に行った以上、兄さんだってもう他人ですからね」という意味に解釈される事が時々あった。自分達夫婦の間柄を考えて見ても、そこに無理はないのだと思い返せないほど理窟の徹らない頭をもった津田では無論なかった。それどころか、彼はこの妹のような態度で、お延が外へ対してふるまってくれれば好いがと、暗に希望していたくらいであった。けれども自分がお秀にそうした素振を見せられて見るとけっして好い気持はしなかった。そうして自分こそ絶えずお秀に対してそういう素振を見せているのにと反省する暇も何にもなくなってしまった。津田は後を訊かずに思う通りを云った。「なに今日だって、忙がしいところをわざわざ来てくれるには及ばないんだ。大した病気じゃないんだから」「だって嫂さんが、もし閑があったら行って上げて下さいって、わざわざ電話でおっしゃったから」「そうかい」「それにあたし少し兄さんに話したい用があるんですの」津田はようやく頭をお秀の方へ向けた。

