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少年探偵団・江戸川乱歩

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朗読者: VOICEVOX Nemo / ノーマルこの朗読者の公開朗読はまだない / 朗読停止中

黄金おうごんの塔

二十面相は、いよいよ正体をあらわしました。そして、これからは大っぴらに、怪盗二十面相として、例の宝石や美術品ばかりをねらう、ふしぎな魔術の泥棒をはじめようというわけです。新聞によって、これを知った東京都民は、黒い魔物のうわさを聞いたときにもまして、ふるえあがってしまいました。ことに美術品をたくさんたくわえている富豪などは、心配のために、夜もおちおちねむられないというありさまです。なにしろ、政府の博物館までおそって、美術品をすっかりぬすもうとしたほどの、おそろしい大盗賊ですからね。さて、軽気球さわぎがあってから、十日ほどのちのことです。東京のある夕刊新聞が、とつぜん、都民をアッといわせるような、じつにおそろしい記事を掲載しました。その記事というのは、┌─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────┐、│ わが社編集局は、今暁こんぎょう怪盗二十面相から一通の書状を受けとった。怪盗は所定の広告料金を封入して、その書状の全文を広告面に掲載してくれと申しこんできたが、本紙に盗賊の広告をのせることはできない。むろんわが社はこの奇怪な申しこみを謝絶した。│、│ 右書状には、二十面相は、本月二十五日深夜、大鳥おおとり時計店所蔵の有名な「黄金の塔」をぬすみだす決意をした。従来の実例によってもあきらかなとおり、二十面相は、けっして約束をたがえない。明智小五郎君をはじめ、その筋では、じゅうぶん警戒されるがよろしかろう、という大胆不敵の予告が記されていた。│、│ これは何者かのいたずらかもしれない。しかし、従来の二十面相のやり口を考えると、かならずしもいたずらとのみ言いきれないふしがあるので、わが社は、この書状をただちに警視庁当局に提出し、いっぽう大鳥時計店にも、このおもむきを報告した。│、└─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

と記し、つづいて「黄金の塔」由来ゆらいや、二十面相の従来の手口、明智名探偵の訪問記事などを、ながながと掲載けいさいしました。社会面六段ぬきの大見出しで、明智探偵の大きな写真までのせているのです。新聞記事には、有名な「黄金の塔」とあります。いったい、どんなふうに有名なのでしょうか。それについて、少し説明しておかなければなりません。大鳥時計店というのは、中央区の一角に高い時計塔をもつ、東京でも一―二をあらそう老舗しにせです。そこの主人大鳥清蔵おおとりせいぞう老人は、ひじょうにはでずきなかわり者で、大の浅草観音の信者なのですが、あるとき、浅草観音の五重の塔の模型を商売ものの純金でつくらせ、家宝にすることを思いたちました。そして、できあがったのは、屋根の広さ約十二センチ平方、高さ七十五センチという、りっぱな黄金塔で、こまかいところまで、浅草の塔にそっくりの、精巧せいこうな細工でした。しかも、塔の中はからっぽではなく、すっかり純金でうずまっているのですから、ぜんたいの目方は八十キロをこえ、材料の金だけでも時価五百万円ほどの高価なものでした。ちょうどこの黄金塔ができあがったころ、同業者の銀座の某時計店に、ショーウィンドーやぶりの賊があって、そこに陳列してあった二百万円の金塊がぬすまれたというさわぎがおこったものですから、大鳥氏は、せっかく苦心してつくらせた黄金塔が、同じようにぬすまれてはたいへんだと、今まで店の間にかざっておいたのを、にわかに奥まった部屋にうつし、いろいろな防備をほどこし、盗難にそなえました。その奥座敷は十畳の日本間なのですが、まず、まわりのふすまや障子をぜんぶ、がんじょうな板戸にかえ、それに、いちいち錠前をつけ、かぎは主人と支配人の門野かどの老人のふたりだけが、はだ身はなさず持っていることにしました。これが第一の関所です。もし賊が、この板戸をどうかしてひらくことができたとしても、その中には、さらに第二の関所があります。それは部屋のまわりの畳の下に電気じかけがあって、賊がどこからはいったとしても、その部屋の畳をふみさえすれば、たちまち家中のベルが、けたたましく鳴りひびくという装置なのです。しかし、関所はこの二つだけではありません。第三のいちばんおそろしい関所が、最後にひかえています。黄金塔は、広さ六十センチ四方、高さ一メートル三十センチほどの、長い箱の形をした、りっぱな木製のわくの中に入れて、その部屋の床の間に安置してあるのですが、この木のわくが、くせものなのです。本来ならば、このわくには四ほうにガラスをはるわけですが、大鳥氏はわざとガラスをはらず、だれでも自由に黄金塔に手をふれることができるようにしておきました。そのかわりに、わくの四すみの太い柱のかげに、赤外線防備装置という、おそろしいしかけがかくされていたのです。四本の柱に三ヵ所ずつ、つごう十二ヵ所に、赤外線を発射する光線をとりつけて、一口にいえば、黄金塔の上下左右を、目に見えぬ赤外光線のひもでつつんでしまってあるわけです。そして、もし、だれかが黄金塔に手をふれようとして、赤外線をさえぎりますと、べつの電気じかけに反応して、たちまちベルが鳴りひびくと同時に、そのさえぎったものの方向へ、ピストルが発射されるというおそろしい装置です。木のわくの上下のすみには、外部からは見えぬように、八丁の小型ピストルが、実弾をこめて、まるで小さな砲台のようにすえつけてあるのです。ただ、盗難をふせぐだけならば、黄金塔を大きな金庫の中へでも入れてしまえばいいのですが、大鳥氏は、せっかくこしらえさせたじまんの宝物を、人にも見せないで、しまいこんでおく気にはなれませんでした。そこで、気心きごころの知れたお客さまには、じゅうぶん見せびらかすことができるように、こんな大げさな装置を考案したわけです。むろん、お客さまに見せるときは、わくの柱のかげにある秘密のボタンをおして、赤外線の放射をとめておくわけです。高価な純金の塔そのものも、たいへん世間をおどろかせましたが、この念入りな防備装置のうわさが、いっそう世評せひょうを高めたのです。むろん、大鳥時計店では防備装置のことをかたく秘密にしておいたのですけれど、いつとはなく輪に輪をかけたうわさとなって、世間にひろがり、塔のおいてある部屋にはいると、足がすくみ、からだがしびれてしまうのだとか、鋼鉄でできた人造人間が番をしていて、あやしいものがしのびよれば、たちまちつかみ殺してしまうのだとか、いろいろの奇妙な評判がたって、それが新聞にものり、今ではだれ知らぬものもないほどになっていました。二十面相はそこへ目をつけたのです。一夜に千万円もの美術品をぬすんだこともある二十面相のことですから、黄金の塔そのものは、さほどほしいとも思わなかったでしょうが、それよりも、うわさに高いげんじゅうな防備装置にひきつけられたのです。人のおそれる秘密のしかけをやぶって、まんまと塔をぬすみだし、世間をアッといわせたいのにちがいありません。「どうだ、おれには、それほどの腕まえがあるんだぞ。」と、いばってみせたいのです。警察や明智名探偵を出しぬいて、「ざまをみろ。」と笑いたいのです。二十面相ほどの盗賊になりますと、盗賊にもこんな負けぬ気があるのです。名探偵明智小五郎は、その夕刊新聞の記事を読みました。翌日には、大鳥時計店の主人が、わざわざ探偵の事務所をたずねてきて、黄金塔の保護を依頼して帰りました。そして、名探偵は、むろんこの事件をひきうけたのです。前の事件で、軽気球のトリックにかかったのは、中村捜査係長はじめ、警官隊の人たちでしたが、明智にも責任がないとはいえません。賊に出しぬかれたうらみは、人いちばい感じているのです。こんどこそ、みごとに二十面相をとらえて恥辱ちじょくをそそがなければなりません。名探偵のまゆには深い決意の色がただよっていました。ああ、なんだか心配ではありませんか。怪盗二十面相は、どんな魔術によって、黄金塔をぬすみだそうというのでしょう。名探偵は、はたしてそれをふせぐことができるでしょうか。探偵と怪人の一騎うちの知恵くらべです。悪人は悪人の名まえにかけて、名探偵は名探偵の名まえにかけて、おたがいに、こんどこそ負けてはならぬ真剣勝負です。

怪少女

それと知った助手の小林少年は、気が気ではありません。どうかこんどこそ、先生の手で二十面相がとらえられますようにと、神さまに祈らんばかりです。「先生、何かぼくにできることがありましたら、やらせてください。ぼく、こんどこそ、命がけでやります。」大鳥氏がたずねてきた翌日、小林君は明智探偵の書斎へはいっていって、熱誠を面にあらわしてお願いしました。「ありがとう。ぼくは、きみのような助手を持ってしあわせだよ。」明智はイスから立ちあがって、さも感謝にたえぬもののように、小林君の肩に手をあてました。「じつは、きみにひとつたのみたいことがあるんだよ。なかなか大役だ。きみでなければできない仕事なんだ。」「ええ、やらせてください。ぼく、先生のおっしゃることなら、なんだってやります。いったい、それはどんな仕事なんです。」小林君はうれしさに、かわいいほおを赤らめて答えました。「それはね。」明智探偵は、小林君の耳のそばへ口を持っていって、なにごとかささやきました。「え?ぼくがですか。そんなことできるでしょうか。」「できるよ。きみならば大じょうぶできるよ。ばんじ、用意はおばさんがしてくれるはずだからね。ひとつうまくやってくれたまえ。」おばさんというのは、明智探偵の若い奥さん文代ふみよさんのことです。「ええ、ぼく、やってみます。きっと先生にほめられるように、やってみます。」小林君は、決心の色をうかべて、キッパリと答えました。名探偵は何を命じたのでしょう。小林君が「ぼくにできるでしょうか。」と、たずねかえしたほどですから、よほどむずかしい仕事にちがいありません。いったい、それはどんな仕事なのでしょうか。読者諸君、ひとつ想像してごらんなさい。それはさておき、いっぽう怪盗の予告を受けた大鳥時計店のさわぎはひととおりではありません。十名の店員が交代で、寝ずの番をはじめるやら、警察の保護をあおいで、表裏に私服刑事の見はりをつけてもらうやら、そのうえ民間の明智探偵にまで依頼して、もうこれ以上、手がつくせないというほどの警戒ぶりです。主人の大鳥清蔵氏は考えました。「奥座敷には例の三段がまえのおそろしい関所があるのだし、そのうえ店員をはじめ、警察や私立探偵の、これほどの警戒なのだから、いくら二十面相が魔法使いだといっても、こんどこそは手も足も出ないにきまっている。わしの店は、まるで難攻不落なんこうふらく堡塁ほうるいのようなもんだからな。」大鳥氏は、それを考えると、いささか得意でした。「二十面相め、やれるものなら、やってみろ。」といわぬばかりの勢いでした。しかし、日がたつにつれて、この勢いは、みじめにもくずれていきました。安心が不安となり、不安が恐怖となり、大鳥氏は、もういても立ってもいられないほど、いらいらしはじめたのです。それというのは、二十面相が毎日毎日、ふしぎな手段によって、犯罪の予告を、くりかえしたからです。夕刊新聞に予告の記事が発表されたのは、十六日のことで、問題の二十五日までは九日間のよゆうがあったのですが、二十面相は、あの新聞記事だけでは満足しないで、それ以来というもの、毎日毎日、「さあ、もうあと八日しかないぞ。」「さあ、あと七日しかないぞ。」と大島氏へ、残りの日数を知らせてくるのです。最初は、大きな字でただ「8」と書いたハガキが配達されました。そのつぎの日は、公衆電話から電話がかかってきて、主人が電話口に出ますと、先方はみょうなしわがれ声で、「あと七日だぜ。」といったまま、ぷっつりと電話を切ってしまいました。その翌朝のこと、店の戸をあけていた店員たちが、何か大さわぎをしていますので、行ってみますと、正面のショーウィンドーのガラスの、まんなかに、白墨はくぼくで、大きな「6」の字が書きなぐってあったではありませんか。賊の予告は、最初はハガキ、つぎは電話、そのつぎはショーウィンドーと、一日ごとに大鳥時計店へ近づいてきました。つぎには店の中までもはいってくるのではないでしょうか。そして、その翌朝のことです。顔を洗って、店へ出てきた店員たちは、アッとおどろいてしまいました。店には大小さまざまの時計が、あるいは柱にかけ、あるいは棚に陳列してあるのですが、ゆうべまでカチカチと動いていたそれらの時計が、どれもこれも止まってしまって、そのうえ申しあわせたように、短針が五時を示しているのです。懐中時計や、腕時計はべつですが、目ざまし時計も、ハト時計も、オルゴール入りの大理石の置き時計も、正面にある、二メートルほどの大振り子時計も、大小無数の時計の針が、いっせいに正五時をさしているありさまは、何かしらお化けめいて、ものすごいほどでした。いうまでもなく、「もうあと五日しかないぞ。」という、二十面相の予告です。怪盗は、とうとう店内までしのびこんできたのです。それにしても、げんじゅうな戸じまりがしてあるうえ、表と裏には私服刑事が、店内には寝ずの番人が見はっている中を、賊は、どうしてはいりこむことができたのでしょう。はいりこんだばかりか、いく十という時計を、だれにもさとられぬように、どうして止めることができたのでしょう。店員たちは、ひとりひとり、げんじゅうな取りしらべをうけましたが、べつにあやしい者もありません。すると、二十面相は幽霊のように、しめきった雨戸のすきまからでもはいってきたのでしょうか。そして、だれの目にもふれない、フワフワした気体のようなものになって、一つ一つ時計を止めてまわったのでしょうか。しかも、うすきみの悪い怪盗の予告は、それで終わったわけではありません。つぎには、さらにいっそう奥深く、賊の魔の手がのびてきました。その翌早朝のこと、大鳥氏は、下ばたらきの小娘こむすめの、けたたましいさけび声に目をさましました。その声が、黄金塔の安置してある部屋の方角から、聞こえてきましたので、大鳥氏はハッとしてとびおきると、そのへんに居あわせた店員をともなって、息せききってかけつけました。例の十畳の座敷の前までいってみますと、そこに、つい四日ばかり前にやといいれた、十五―六のかわいらしいお手伝いさんが、おどろきのあまり口もきけないようすで、しきりと座敷の板戸を指さしていました。板戸の表面には、またしても白墨で、三十センチ四ほうほどの、大きな「4」いう字が書いてあるではありませんか。ああ、二十面相は、とうとう、この奥まった部屋までも、ふみこんできたのです。大鳥氏はそれを見ますと、もうびっくりしてしまって、もしや黄金塔がぬすまれたのではないかと、急いでかぎをとりだし、板戸をあけて床の間を見ましたが、黄金塔はべつじょうなく、さんぜんとかがやいていました。さすがの賊にも、三段がまえの防備装置をやぶる力はなかったものとみえます。しかし、ここまでしのびこんでくるようでは、もういよいよゆだんがなりません。刑事や店員の見はりなどは、このお化けのような怪盗には、少しのききめもありはしないのです。「今夜から、わしがこの部屋で寝ることにしよう。」大鳥氏は、とうとうたまらなくなって、そんな決心をしました。そして、その夜になりますと、黄金塔の部屋に夜具を運ばせて、よいのうちから床にはいり、すきなたばこをふかしながら、まじまじと宝物の見はり番をつとめるのでした。十時、十一時、十二時、今夜にかぎって、時計の進むのがばかばかしく、おそいように感じられました。やがて、一時、二時、むかしのことばでいえば、丑三うしみどきです。もう電車の音も聞こえません。自動車の地ひびきもまれになりました。昼間のさわがしさというものが、まったくとだえて、都内の中心の商店街も、水の底のような静けさです。ときどき、板戸の外の廊下に、人の足音がします。寝ずの番の店員たちが、時間をきめて、家中を巡回じゅんかいしているのです。店の大時計が三時を打ちました。それから、十時間もたったかと思うころ、やっと四時です。「おお、もう夜明けだ。二十面相め、今夜は、とうとうあらわれなかったな。」そう思うと、大鳥氏は、にわかにねむけがさしてきました。そして、もう大じょうぶだという安心から、ついウトウトねむりこんでしまったのです。どのくらいねむったのか、ふと目をさますと、あたりはもう明るくなっていました。時計を見れば、もう六時半です。もしやと床の間をながめましたが、大じょうぶ、大じょうぶ、黄金塔はちゃんとそこに安置されたままです。「どうだ。いくら魔術師でも、この部屋の中までは、はいれまい。」大鳥氏は、すっかり安心して、「ウーン」と一つのびをしました。そして、腕をもとにもどそうとして、ヒョイと左のてのひらを見ますと、おや、なんでしょう?てのひらの中がまっ黒に見えるではありませんか。へんだなと思って、よく見なおしたとき、大鳥氏は、あまりのことに、「アッ。」とさけんで、床の上にとびおきてしまいました。みなさん、大鳥氏のてのひらには、いったい何があったと思います。そこには、いつのまに、だれが書いたのか、墨黒々と、大きな「3」の字があらわれていたのです。二十面相はとうとう、この部屋の中までも、しのびこんできたとしか考えられません。大鳥氏は、背中に氷のかたまりでもあてられたように、ゾーッと寒けを感じないではいられませんでした。それと同時に、部屋のいっぽうでは、もう一つ、みょうなことがおこっていました。大鳥氏の目のとどかないすみのほうの板戸が細めにひらかれ、そのすきまから、だれかが部屋の中をじっとのぞいているのです。ほおのふっくらした、かわいらしい顔。なんだか見おぼえのある人物ではありませんか。ああ、そうです。それはきのうの朝、板戸の文字を発見してさわぎたてた、あの少女なのです。数日前にやとわれたばかりの、十五―六のお手伝いさんなのです。少女は、てのひらの文字に青ざめている大鳥氏を、なんだかおかしそうに見つめていましたが、やがて、サッと顔をかくすと、板戸を音のせぬよう、ソロソロとしめてしまいました。この少女は、かぎのかけてある板戸を、どうしてひらくことができたのでしょう。いや、それよりも、まだやとわれたばかりの小娘のくせに、なんというあやしげなふるまいをするやつでしょう。大鳥氏も店員も、まだ、このことを少しも気づいていないようですが、わたしたちは、この少女の行動を、ゆだんなく見はっていなければなりません。

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