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こころ・夏目漱石

14

朗読未選択 / 朗読停止中朗読未選択 / 朗読停止中

小勢こぜい人数にんずには広過ぎる古い家がひっそりしている中に、わたくし行李こうりを解いて書物をひもとき始めた。なぜか私は気が落ち付かなかった。あの目眩めまぐるしい東京の下宿の二階で、遠く走る電車の音を耳にしながら、ページを一枚一枚にまくって行く方が、気に張りがあって心持よく勉強ができた。私はややともすると机にもたれて仮寝うたたねをした。時にはわざわざまくらさえ出して本式に昼寝をむさぼる事もあった。眼が覚めると、せみの声を聞いた。うつつから続いているようなその声は、急に八釜やかましく耳の底をき乱した。私はじっとそれを聞きながら、時に悲しい思いを胸にいだいた。私は筆をって友達のだれかれに短い端書はがきまたは長い手紙を書いた。その友達のあるものは東京に残っていた。あるものは遠い故郷に帰っていた。返事の来るのも、音信たよりの届かないのもあった。私はもとより先生を忘れなかった。原稿紙へ細字さいじで三枚ばかり国へ帰ってから以後の自分というようなものを題目にして書きつづったのを送る事にした。私はそれを封じる時、先生ははたしてまだ東京にいるだろうかとうたぐった。先生が奥さんといっしょにうちける場合には、五十恰好がっこう切下きりさげの女の人がどこからか来て、留守番をするのが例になっていた。私がかつて先生にあの人は何ですかと尋ねたら、先生は何と見えますかと聞き返した。私はその人を先生の親類と思い違えていた。先生は「私には親類はありませんよ」と答えた。先生の郷里にいる続きあいの人々と、先生は一向いっこう音信のりをしていなかった。私の疑問にしたその留守番の女の人は、先生とは縁のない奥さんの方の親戚しんせきであった。私は先生に郵便を出す時、ふと幅の細い帯を楽に後ろで結んでいるその人の姿を思い出した。もし先生夫婦がどこかへ避暑にでも行ったあとへこの郵便が届いたら、あの切下のおばあさんは、それをすぐ転地先へ送ってくれるだけの気転と親切があるだろうかなどと考えた。そのくせその手紙のうちにはこれというほどの必要の事も書いてないのを、私はく承知していた。ただ私はさびしかった。そうして先生から返事の来るのを予期してかかった。しかしその返事はついに来なかった。父はこの前の冬に帰って来た時ほど将棋しょうぎを差したがらなくなった。将棋盤はほこりのたまったまま、とこの隅に片寄せられてあった。ことに陛下のご病気以後父はじっと考え込んでいるように見えた。毎日新聞の来るのを待ち受けて、自分が一番先へ読んだ。それからそのよみがらをわざわざ私のいる所へ持って来てくれた。「おいご覧、今日も天子さまの事が詳しく出ている」父は陛下のことを、つねに天子さまといっていた。勿体もったいない話だが、天子さまのご病気も、お父さんのとまあ似たものだろうな」こういう父の顔には深い掛念けねんくもりがかかっていた。こういわれる私の胸にはまた父がいつたおれるか分らないという心配がひらめいた。「しかし大丈夫だろう。おれのようなくだらないものでも、まだこうしていられるくらいだから」父は自分の達者な保証を自分で与えながら、今にもおのれに落ちかかって来そうな危険を予感しているらしかった。「お父さんは本当に病気をこわがってるんですよ。お母さんのおっしゃるように、十年も二十年も生きる気じゃなさそうですぜ」母は私の言葉を聞いて当惑そうな顔をした。「ちょっとまた将棋でも差すように勧めてご覧な」私は床の間から将棋盤を取りおろして、ほこりをいた。

父の元気は次第に衰えて行った。わたくしを驚かせたハンケチ付きの古い麦藁帽子むぎわらぼうしが自然と閑却かんきゃくされるようになった。私は黒いすすけた棚の上にっているその帽子をながめるたびに、父に対して気の毒な思いをした。父が以前のように、軽々と動く間は、もう少しつつしんでくれたらと心配した。父がじっすわり込むようになると、やはり元の方が達者だったのだという気が起った。私は父の健康についてよく母と話し合った。「まったく気のせいだよ」と母がいった。母の頭は陛下のやまいと父の病とを結び付けて考えていた。私にはそうばかりとも思えなかった。「気じゃない。本当に身体からだが悪かないんでしょうか。どうも気分より健康の方が悪くなって行くらしい」私はこういって、心のうちでまた遠くから相当の医者でも呼んで、一つ見せようかしらと思案した。「今年の夏はお前もつまらなかろう。せっかく卒業したのに、お祝いもして上げる事ができず、お父さんの身体からだもあの通りだし。それに天子様のご病気で。――いっその事、帰るすぐにお客でも呼ぶ方が好かったんだよ」私が帰ったのは七月の五、六日で、父や母が私の卒業を祝うために客を呼ぼうといいだしたのは、それから一週間であった。そうしていよいよとめた日はそれからまた一週間の余も先になっていた。時間に束縛を許さない悠長な田舎いなかに帰った私は、かげで好もしくない社交上の苦痛から救われたも同じ事であったが、私を理解しない母は少しもそこに気が付いていないらしかった。崩御ほうぎょの報知が伝えられた時、父はその新聞を手にして、「ああ、ああ」といった。「ああ、ああ、天子様もとうとうおかくれになる。おれも……」父はそのあとをいわなかった。私は黒いうすものを買うために町へ出た。それで旗竿はたざおたまを包んで、それで旗竿の先へ三寸幅ずんはばのひらひらを付けて、門の扉の横から斜めに往来へさし出した。旗も黒いひらひらも、風のない空気のなかにだらりと下がった。私のうちの古い門の屋根はわらいてあった。雨や風に打たれたりまた吹かれたりしたその藁の色はとくに変色して、薄く灰色を帯びた上に、所々ところどころ凸凹でこぼこさえ眼に着いた。私はひとり門の外へ出て、黒いひらひらと、白いめりんすのと、地のなかに染め出した赤い日の丸の色とをながめた。それが薄汚ない屋根の藁に映るのも眺めた。私はかつて先生から「あなたの宅の構えはどんな体裁ですか。私の郷里の方とは大分だいぶ趣が違っていますかね」と聞かれた事を思い出した。私は自分の生れたこの古い家を、先生に見せたくもあった。また先生に見せるのが恥ずかしくもあった。私はまた一人家のなかへはいった。自分の机の置いてある所へ来て、新聞を読みながら、遠い東京の有様を想像した。私の想像は日本一の大きな都が、どんなに暗いなかでどんなに動いているだろうかの画面に集められた。私はその黒いなりに動かなければ仕末のつかなくなった都会の、不安でざわざわしているなかに、一点の燈火のごとくに先生の家を見た。私はその時この燈火が音のしないうずの中に、自然とき込まれている事に気が付かなかった。しばらくすれば、そのもまたふっと消えてしまうべき運命を、の前に控えているのだとはもとより気が付かなかった。私は今度の事件について先生に手紙を書こうかと思って、筆をりかけた。私はそれを十行ばかり書いてめた。書いた所は寸々すんずんに引き裂いて屑籠くずかごへ投げ込んだ。(先生にててそういう事を書いても仕方がないとも思ったし、前例にちょうしてみると、とても返事をくれそうになかったから)。私はさびしかった。それで手紙を書くのであった。そうして返事が来ればいと思うのであった。

八月のなかばごろになって、わたくしはある朋友ほうゆうから手紙を受け取った。その中に地方の中学教員の口があるが行かないかと書いてあった。この朋友は経済の必要上、自分でそんな位地を探しまわる男であった。この口も始めは自分の所へかかって来たのだが、もっとい地方へ相談ができたので、余った方を私に譲る気で、わざわざ知らせて来てくれたのであった。私はすぐ返事を出して断った。知り合いの中には、ずいぶん骨を折って、教師の職にありつきたがっているものがあるから、その方へまわしてやったらかろうと書いた。私は返事を出した後で、父と母にその話をした。二人とも私の断った事に異存はないようであった。「そんな所へ行かないでも、まだい口があるだろう」こういってくれる裏に、私は二人が私に対してもっている過分な希望を読んだ。迂闊うかつな父や母は、不相当な地位と収入とを卒業したての私から期待しているらしかったのである。「相当の口って、近頃ちかごろじゃそんなうまい口はなかなかあるものじゃありません。ことに兄さんと私とは専門も違うし、時代も違うんだから、二人を同じように考えられちゃ少し困ります」「しかし卒業した以上は、少なくとも独立してやって行ってくれなくっちゃこっちも困る。人からあなたの所のご二男じなんは、大学を卒業なすって何をしておいでですかと聞かれた時に返事ができないようじゃ、おれも肩身が狭いから」父は渋面しゅうめんをつくった。父の考えは、古く住み慣れた郷里から外へ出る事を知らなかった。その郷里の誰彼だれかれから、大学を卒業すればいくらぐらい月給が取れるものだろうと聞かれたり、まあ百円ぐらいなものだろうかといわれたりした父は、こういう人々に対して、外聞の悪くないように、卒業したての私を片付けたかったのである。広い都を根拠地として考えている私は、父や母から見ると、まるで足を空に向けて歩く奇体きたいな人間に異ならなかった。私の方でも、実際そういう人間のような気持を折々起した。私はあからさまに自分の考えを打ち明けるには、あまりに距離の懸隔けんかくはなはだしい父と母の前に黙然もくねんとしていた。「お前のよく先生先生という方にでもお願いしたらいじゃないか。こんな時こそ」母はこうよりほかに先生を解釈する事ができなかった。その先生は私に国へ帰ったら父の生きているうちに早く財産を分けて貰えと勧める人であった。卒業したから、地位の周旋をしてやろうという人ではなかった。「その先生は何をしているのかい」と父が聞いた。「何にもしていないんです」と私が答えた。私はとくの昔から先生の何もしていないという事を父にも母にも告げたつもりでいた。そうして父はたしかにそれを記憶しているはずであった。「何もしていないというのは、またどういう訳かね。お前がそれほど尊敬するくらいな人なら何かやっていそうなものだがね」父はこういって、私をふうした。父の考えでは、役に立つものは世の中へ出てみんな相当の地位を得て働いている。必竟ひっきょうやくざだから遊んでいるのだと結論しているらしかった。「おれのような人間だって、月給こそ貰っちゃいないが、これでも遊んでばかりいるんじゃない」父はこうもいった。私はそれでもまだ黙っていた。「お前のいうような偉い方なら、きっと何か口を探して下さるよ。頼んでご覧なのかい」と母が聞いた。「いいえ」と私は答えた。「じゃ仕方がないじゃないか。なぜ頼まないんだい。手紙でもいからお出しな」「ええ」私は生返事なまへんじをして席を立った。

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