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春と修羅・宮沢賢治

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パート五 パート六

パート七

とびいろのはたけがゆるやかに傾斜して、すきとほる雨のつぶに洗はれてゐる、そのふもとに白い笠の農夫が立ち、つくづくとそらのくもを見あげ、こんどはゆつくりあるきだす、(まるで行きつかれたたび人だ)汽車の時間をたづねてみよう、こゝはぐちやぐちやした青い湿地で、もうせんごけも生えてゐる、(そのうすあかい毛もちゞれてゐるし、どこかのがまの生えた沼地を、ネー将軍下の騎兵の馬が、泥に一尺ぐらゐ踏みこんで、すぱすぱ渉つて進軍もした)雲は白いし農夫はわたしをまつてゐる、またあるきだす(縮れてぎらぎらの雲)トツパースの雨の高みから、けらを着た女の子がふたりくる、シベリヤ風に赤いきれをかぶり、まつすぐにいそいでやつてくる、(Miss Robin)働きにきてゐるのだ、農夫は富士見の飛脚のやうに、笠をかしげて立つて待ち、白い手甲さへはめてゐる もう二十米だから、しばらくあるきださないでくれ、じぶんだけせつかく待つてゐても、用がなくてはこまるとおもつて、あんなにぐらぐらゆれるのだ、(青い草穂は去年のだ)あんなにぐらぐらゆれるのだ、さはやかだし顔も見えるから、ここからはなしかけていゝ、シヤツポをとれ(黒い羅紗もぬれ)このひとはもう五十ぐらゐだ、(ちよつとおぎ申しあんす、盛岡行ぎ汽車なん時だべす)(三時だたべが)ずゐぶん悲しい顔のひとだ、博物館の能面にも出てゐるし、どこかに鷹のきもちもある、うしろのつめたく白い空では、ほんたうの鷹がぶうぶう風を截る、雨をおとすその雲母摺きらずりの雲の下、はたけに置かれた二台のくるま、このひとはもう行かうとする、白い種子は燕麦オートなのだ、燕麦播オートまぎすか)(あんいまもごでやつてら)このぢいさんはなにか向ふを畏れてゐる、ひじやうに恐ろしくひどいことが、そつちにあるとおもつてゐる、そこには馬のつかない廐肥車こやしぐるまと、けはしく翔ける鼠いろの雲ばかり、こはがつてゐるのは、やつぱりあの蒼鉛さうえんの労働なのか、(こやし入れだのすか、堆肥たいひ過燐酸くわりんさんどすか)(あんさうす)(ずゐぶん気持のいゝどごだもな)(ふう)この人はわたくしとはなすのを、なにか大へんはばかつてゐる、それはふたつのくるまのよこ、はたけのをはりの天末線スカイラインぐらぐらの空のこつち側を、すこし猫背ねこぜでせいの高い、くろい外套の男が、雨雲に銃を構へて立つてゐる、あの男がどこか気がへんで、急に鉄砲をこつちへ向けるのか、あるいは Miss Robin たちのことか、それとも両方いつしよなのか、どつちも心配しないでくれ、わたしはどつちもこはくない、やつてるやつてるそらで鳥が、(あの鳥何て云ふす 此処らで)(ぶどしぎ)(ぶどしぎて云ふのか)(あん 曇るづどよぐ出はら)から松の芽の緑玉髄クリソプレースかけて行く雲のこつちの射手しやしゆは、またもつたいらしく銃を構へる、(三時の次あ何時だべす)(五時だべが ゆぐ知らない)過燐酸石灰のヅツク袋、水溶すゐよう十九と書いてある、学校のは十五%だ、雨はふるしわたくしの黄いろな仕事着もぬれる、遠くのそらではそのぼとしぎどもが、大きく口をあいてビール瓶のやうに鳴り、灰いろの咽喉の粘膜に風をあて、めざましく雨を飛んでゐる、少しばかり青いつめくさの交つた、かれくさと雨の雫との上に、菩薩樹まだ皮の厚いけらをかぶつて、さつきの娘たちがねむつてゐる、ぢいさんはもう向ふへ行き、射手は肩を怒らして銃を構へる、(ぼとしぎのつめたい発動機は……)ぼとしぎはぶうぶう鳴り、いつたいなにを射たうといふのだ、爺さんの行つた方から、わかい農夫がやつてくる、かほが赤くて新鮮にふとり、セシルローズ型の円い肩をかゞめ、燐酸のあき袋をあつめてくる、二つはちやんと肩に着てゐる、(降つてげだごとなさ)(なあにすぐ霽れらんす)火をたいてゐる、赤い焔もちらちらみえる、農夫も戻るしわたくしもついて行かう、これらのからまつの小さな芽をあつめ、わたくしの童話をかざりたい、ひとりのむすめがきれいにわらつて起きあがる、みんなはあかるい雨の中ですうすうねむる、(うな いいをなごだもな)にはかにそんなに大声にどなり、まつ赤になつて石臼のやうに笑ふのは、このひとは案外にわかいのだ、すきとほつて火が燃えてゐる、青い炭素のけむりも立つ、わたくしもすこしあたりたい、(おらもあだつでもいがべが)(いてす さあおあだりやんせ)(汽車三時すか)(三時四十分、まだ一時にもならないも)火は雨でかへつて燃える、自由射手フライシユツツは銀のそら、ぼとしぎどもは鳴らす鳴らす、すつかりぬれた 寒い がたがたする

パート九

すきとほつてゆれてゐるのは、さつきの剽悍へうかんな四本のさくら、わたくしはそれを知つてゐるけれども、眼にははつきり見てゐない、たしかにわたくしの感官のそとで、つめたい雨がそそいでゐる、(天の微光にさだめなく、うかべる石をわがふめば、おゝユリア しづくはいとど降りまさり、カシオペーアはめぐり行く)ユリアがわたくしの左を行く、大きな紺いろの瞳をりんと張つて、ユリアがわたくしの左を行く、ペムペルがわたくしの右にゐる、……………はさつき横へれた、あのから松の列のとこから横へ外れた、⦅幻想が向ふから迫つてくるときは、もうにんげんの壊れるときだ⦆、わたくしははつきり眼をあいてあるいてゐるのだ、ユリア ペムペル わたくしの遠いともだちよ、わたくしはずゐぶんしばらくぶりで、きみたちの巨きなまつ白なすあしを見た、どんなにわたくしはきみたちの昔の足あとを、白堊系の頁岩の古い海岸にもとめただらう、⦅あんまりひどい幻想だ⦆、わたくしはなにをびくびくしてゐるのだ、どうしてもどうしてもさびしくてたまらないときは、ひとはみんなきつと斯ういふことになる、きみたちとけふあふことができたので、わたくしはこの巨きな旅のなかの一つづりから、血みどろになつて遁げなくてもいいのです、(ひばりが居るやうな居ないやうな、腐植質から麦が生え、雨はしきりに降つてゐる)さうです 農場のこのへんは、まつたく不思議におもはれます、どうしてかわたくしはここらを、der heilige Punkt と、呼びたいやうな気がします、この冬だつて耕耘部まで用事で来て、こゝいらの匂のいゝふぶきのなかで、なにとはなしに聖いこころもちがして、凍えさうになりながらいつまでもいつまでも、いつたり来たりしてゐました、さつきもさうです、どこの子どもらですかあの瓔珞をつけた子は、⦅そんなことでだまされてはいけない、ちがつた空間にはいろいろちがつたものがゐる、それにだいいちさつきからの考へやうが、まるで銅版のやうなのに気がつかないか⦆、雨のなかでひばりが鳴いてゐるのです、あなたがたは赤い瑪瑙の棘でいつぱいな野はらも、その貝殻のやうに白くひかり、底の平らな巨きなすあしにふむのでせう、もう決定した そつちへ行くな、これらはみんなただしくない、いま疲れてかたちを更へたおまへの信仰から、発散して酸えたひかりの澱だ、ちひさな自分を劃ることのできない、この不可思議な大きな心象宙宇のなかで、もしも正しいねがひに燃えて、じぶんとひとと万象といつしよに、至上福祉にいたらうとする、それをある宗教情操とするならば、そのねがひから砕けまたは疲れ、じぶんとそれからたつたもひとつのたましひと、完全そして永久にどこまでもいつしよに行かうとする、この変態を恋愛といふ、そしてどこまでもその方向では、決して求め得られないその恋愛の本質的な部分を、むりにもごまかし求め得ようとする、この傾向を性慾といふ、すべてこれら漸移のなかのさまざまな過程に従つて、さまざまな眼に見えまた見えない生物の種類がある、この命題は可逆的にもまた正しく、わたくしにはあんまり恐ろしいことだ、けれどもいくら恐ろしいといつても、それがほんたうならしかたない、さあはつきり眼をあいてたれにも見え、明確に物理学の法則にしたがふ、これら実在の現象のなかから、あたらしくまつすぐに起て、明るい雨がこんなにたのしくそそぐのに、馬車が行く 馬はぬれて黒い、ひとはくるまに立つて行く、もうけつしてさびしくはない、なんべんさびしくないと云つたとこで、またさびしくなるのはきまつてゐる、けれどもここはこれでいいのだ、すべてさびしさと悲傷とを焚いて、ひとは透明な軌道をすすむ、ラリツクス ラリツクス いよいよ青く、雲はますます縮れてひかり、わたくしはかつきりみちをまがる、(一九二二、五、二一)

グランド電柱

林と思想

そら ね ごらん、むかふに霧にぬれてゐる、きのこのかたちのちひさな林があるだらう、あすこのとこへ、わたしのかんがへが、ずゐぶんはやく流れて行つて、みんな、溶け込んでゐるのだよ、こゝいらはふきの花でいつぱいだ、(一九二二、六、四)

霧とマツチ

(まちはづれのひのきと青いポプラ)霧のなかからにはかにあかく燃えたのは、しゆつと擦られたマツチだけれども、ずゐぶん拡大されてゐる、スヰヂツシ安全マツチだけれども、よほど酸素が多いのだ、(明方の霧のなかの電燈は、まめいろで匂もいゝし、小学校長をたかぶつて散歩することは、まことにつつましく見える)(一九二二、六、四)

芝生

風とひのきのひるすぎに、小田中はのびあがり、あらんかぎり手をのばし、灰いろのゴムのまり 光の標本を、受けかねてぽろつとおとす、(一九二二、六、七)

青い槍の葉、(mental sketch modified)

(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)雲は来るくる南の地平、そらのエレキを寄せてくる、鳥はなく啼く青木のほずゑ、くもにやなぎのくわくこどり、(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)雲がちぎれて日ざしが降れば、黄金キン幻燈げんとう くさの青、気圏日本のひるまの底の、泥にならべるくさの列、(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)雲はくるくる日は銀の盤、エレキづくりのかはやなぎ、風が通ればさええ鳴らし、馬もはねれば黒びかり、(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)雲がきれたかまた日がそそぐ、土のスープと草の列、黒くをどりはひるまの燈籠とうろ泥のコロイドその底に、(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)りんと立て立て青い槍の葉、たれを刺さうの槍ぢやなし、ひかりの底でいちにち日がな、泥にならべるくさの列、(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)雲がちぎれてまた夜があけて、そらは黄水晶シトリンひでりあめ、風に霧ふくぶりきのやなぎ、くもにしらしらそのやなぎ、(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)りんと立て立て青い槍の葉、そらはエレキのしろい網、かげとひかりの六月の底、気圏日本の青野原、(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)⦅一九二二、六、一二⦆

報告

さつき火事だとさわぎましたのは虹でございました、もう一時間もつづいてりんと張つて居ります、(一九二二、六、一五)

風景観察官

あの林は、あんまり緑青ろくしやうり過ぎたのだ、それでも自然ならしかたないが、また多少プウルキインの現象にもよるやうだが、も少しそらから橙黄線たうわうせんを送つてもらふやうにしたら、どうだらう

ああ何といふいい精神だ、株式取引所や議事堂でばかり、フロツクコートは着られるものでない、むしろこんな黄水晶シトリンの夕方に、まつさをな稲の槍の間で、ホルスタインのぐんを指導するとき、よく適合し効果もある、何といふいい精神だらう、たとへそれが羊羹やうかんいろでぼろぼろで、あるいはすこし暑くもあらうが、あんなまじめな直立や、風景のなかの敬虔な人間を、わたくしはいままで見たことがない、(一九二二、六、二五)

岩手山

そらの散乱反射さんらんはんしやのなかに、古ぼけて黒くゑぐるもの、ひかりの微塵系列みぢんけいれつの底に、きたなくしろくよどむもの、(一九二二、六、二七)

高原

海だべがど おら おもたれば、やつぱり光る山だたぢやい、ホウ、髪毛かみけ 風吹けば、鹿しし踊りだぢやい、(一九二二、六、二七)

印象

ラリツクスの青いのは、木の新鮮と神経の性質と両方からくる、そのとき展望車の藍いろの紳士は、X型のかけがねのついた帯革をしめ、すきとほつてまつすぐにたち、病気のやうな顔をして、ひかりの山を見てゐたのだ、(一九二二、六、二七)

高級の霧

こいつはもう、あんまり明るい高級ハイグレードの霧です、白樺も芽をふき、からすむぎも、農舎の屋根も、馬もなにもかも、光りすぎてまぶしくて、(よくおわかりのことでせうが、日射ひざしのなかの青と金、落葉松ラリツクスは、たしかとどまつに似て居ります)まぶし過ぎて、空気さへすこし痛いくらゐです、(一九二二、六、二七)

電車

トンネルへはひるのでつけた電燈ぢやないのです、車掌がほんのおもしろまぎれにつけたのです、こんな豆ばたけの風のなかで

なあに 山火事でござんせう、なあに 山火事でござんせう、あんまり大きござんすから、はてな 向ふの光るあれは雲ですな、木きつてゐますな、いゝえ やつぱり山火事でござんせう

おい きさま、日本の萱の野原をゆくビクトルカランザの配下、帽子が風にとられるぞ、こんどは青いひえを行く貧弱カランザの末輩、きさまの馬はもう汗でぬれてゐる、(一九二二、八、一七)

天然誘接

北斎ほくさいのはんのきの下で、黄の風車まはるまはる、いつぽんすぎは天然誘接てんねんよびつぎではありません、つきと杉とがいつしよに生えていつしよに育ち、たうとう幹がくつついて、険しい天光てんくわうに立つといふだけです、鳥も棲んではゐますけれど、(一九二二、八、一七)

原体剣舞連はらたいけんばひれん(mental sketch modified)

dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah、こんや異装いさうのげん月のした、とりの黒尾を頭巾づきんにかざり、片刃かたはの太刀をひらめかす、原体はらたい村の舞手をどりこたちよ、ときいろのはるの樹液じゆえきを、アルペン農の辛酸しんさんに投げ、せいしののめの草いろの火を、高原の風とひかりにさゝげ、菩提樹皮まだかはと縄とをまとふ、気圏の戦士わがともたちよ、青らみわたる顥気かうきをふかみ、楢とぶなとのうれひをあつめ、蛇紋山地じやもんさんちかがりをかかげ、ひのきの髪をうちゆすり、まるめろの匂のそらに、あたらしい星雲を燃せ、dah-dah-sko-dah-dah、肌膚きふを腐植と土にけづらせ、筋骨はつめたい炭酸にあらび、月月つきづきに日光と風とを焦慮し、敬虔に年をかさねた師父しふたちよ、こんや銀河と森とのまつり、じゆん平原の天末線てんまつせんに、さらにも強く鼓を鳴らし、うす月の雲をどよませ、Ho!Ho!Ho!むかし達谷たつた悪路王あくろわうまつくらくらの二里のほらわたるは夢と黒夜神こくやじん首は刻まれ漬けられ、アンドロメダもかゞりにゆすれ、青い仮面めんこのこけおどし、太刀を浴びてはいつぷかぷ、夜風の底の蜘蛛くもをどり、胃袋はいてぎつたぎた、dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah、さらにただしくやいばはせ、霹靂へきれきの青火をくだし、四方しはうよる鬼神きじんをまねき、樹液じゆえきもふるふこのさひとよ、赤ひたたれを地にひるがへし、雹雲ひよううんと風とをまつれ、dah-dah-dah-dahh、夜風よかぜとどろきひのきはみだれ、月はそそぐ銀の矢並、打つもてるも火花のいのち、太刀のきしりの消えぬひま、dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah、太刀は稲妻萱穂いなづまかやぼのさやぎ、獅子の星座せいざに散る火の雨の、消えてあとないあまのがはら、打つも果てるもひとつのいのち、dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah、⦅一九二二、八、三一⦆

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